敵意はない
「徳の匂いは、あっちよ!」
エマが触角をピンと立てて指し示した先には、一台の質素な荷馬車が泥濘んだ水溜りにハマって立ち往生していた。俺たちはこっそり近づき後ろから様子を探る。
「ば、婆さんや、無理じゃ……。もう馬の体力も限界じゃ」
「おじいさん、諦めないで。この野菜を届けないと、今月の税が払えませんよ」
泥まみれの老夫婦が必死に車輪を押しているが、車輪の軸に大きな石がガッチリと食い込んでいて、一歩も動く気配がない。
「コウセイ、見えたわね! あの老夫婦を助ければ、初の徳ポイントゲットよ。さあ、行って助けてきなさい!」
「無茶言うなよ! 俺は小型犬サイズの蜂だぞ? それに、いきなりショッキングピンクのデカい蜂が背現れたら、助ける前にあの老夫婦ショック死しちまうだろ!」
俺は草むらに身を潜めながら抗議したが、エマは無慈悲に俺の背中を蹴り飛ばした。
「四の五の言わずに行ってきなさーい!」
「うわあああ、ブブブブッ!」
不本意ながら、俺は宙を舞い老夫婦の目の前に着陸した。
案の定、老夫婦は石のように固まった。
「……ば、婆さんや。あの蜂、こっちを見てお尻を振っておるぞ。新手の呪いか?」
「おじいさん、逃げましょう。あれはきっと、人をピンク色に変えてしまう呪いの蜂だわ!」
「違うわ! 応援してんだよ! 見ろ、俺のこの献身的な蜂のダンス(8の字)を!」
俺は必死に「敵意はない」とアピールしたが、蜂のダンスは人間から見れば「今から刺すぞという威嚇」にしか見えないらしい。というか、そんな気はしてたが言葉が通じてない。絶望的だ。
「あーもどかしいわね! あなたの毒針使って弾き飛ばしなさいよ!」
「毒針使うってなんだよ! 0.1ミリでも深く入ったら俺、消滅するんだぞ!?」
だが、やらなきゃポイントはゼロ。俺は覚悟を決めた。
馬車の車輪の隙間に潜り込み、6本の脚を泥に踏ん張らせて、慎重に、慎重にお尻の先端を石の角に当てる。
刺したら死ぬ、刺したら死ぬ……内臓が出る、魂が消える……!
「ぬおおおお、いっけぇぇぇぇぇ!」
俺は羽を最大出力で振動させ、腰(?)のひねりだけで石を弾き飛ばした。
バコンッ! という快音と共に石が飛び、馬車がガクンと浮き上がる
。
「今よ、おじいさん! 馬を動かして!」
エマが叫ぶと、驚いた老人が馬に鞭をあてた。
ズゴゴゴッ、と音を立てて荷馬車が泥沼から脱出し、乾燥した地面へと滑り出した。
《ピコーン! 善行を確認しました》
《徳ポイント獲得:3pt》
《エマの手数料(30%):0.9ptを徴収します》
《幸成の獲得ポイント:2.1pt》
「……は? こんだけ命懸けの『ケツ仕事』して、2ポイントちょい!? スーパーのポイントカード以下じゃねーか!」
俺が泥だらけで叫んでいると、老夫婦がおずおずと近寄ってきた。
「……婆さんや。今のピンクの蜂、石を退かしてくれたのか?」
「……ええ。きっと、困っている旅人を助ける『お尻の神様』だったのかもしれませんねぇ。ありがたや、ありがたや」
老人は、荷台から小さなリンゴを一つ、地面にそっと置いた。
「神様、お礼にこれを。……お尻、お大事に」
「あ、これ追加ポイント(供物) 、コウセイ、リンゴを運んで!」
「誰がお尻の神様だ! てかエマ、お前も少しは働けよ!」
こうして、俺の異世界生活は「お尻の神様」という不名誉すぎる二つ名と共に、しょっぱい人助けからスタートしたのだった。




