立派な趣味だ
「私がいない間にこの国も、ずいぶん変わったのねぇん。ねぇマリン、私ちょっと用事があるの。一人で諜報活動、お願いしてもいいかしらん?」
「いいわよ。私は私で動くわ」
天空国家スカイに降り立ってすぐ、二人は別行動を取った。
レンレンが向かったのは、王都から離れた、天空に浮かぶ小さな浮島。
そこには、たった一基の墓が、静かに佇んでいる。
服装は、いつもの魔法少女姿ではなかった。建国当時、初代国王として即位した際に身にまとっていた、紋付袴の正装。
「……ただいま、サラ」
墓前に立ち、静かに頭を下げる。
「ここに来るのも久しぶりだな」
雲海の向こうに沈む夕日を見つめ、懐かしむように続けた。
「お前が死んでから……もう五千三百年だ。ここから見える景色も、ずいぶん変わっただろ?」
精霊界を追放され、地上で暴れていた日々。
勇者パーティーを返り討ちにし、置き去りにされた少女――サラ。
「お前を背中に乗せて、この浮島に来た日。あれが、最初だったな」
ドラゴンの姿で、風を切って飛び、何もない空の島で語り合った時間。
「……楽しかったな」
結婚し、はみだし者ばかりの村を作り、子供も生まれた。
「……なのに、お前は、子供が一歳になる前に逝っちまった」
拳が、震える。
「この島を墓にしたのは、誰にも荒らされたくなかったからだ。お前が好きだった場所を、守りたかった」
空を見上げ、静かに息を吐く。
「だから国を作った。天空国家スカイ。全部……お前のためだ」
しばしの沈黙。
そして、絞り出すように呟く。
「……俺の命は、いつ終わるんだろうな」
その声は、普段の軽薄な調子ではなかった。
「いつになったら……お前のいる場所に行けるんだろうか」
一筋、涙が頬を伝う。
その時、背後に微かな気配。
「――誰だ」
殺気を込めて振り返ると、そこに立っていたのはマリンだった。
「……ごめんなさい」
「……ずっと聞いてたのか」
マリンは、小さく頷く。
「……そうか」
レンレンは深く息を吐いた。
「聞きたいことがあるんだろ?」
「……ええ」
マリンは一拍置いて、問いかけた。
「どうして、普段……女装なんてしているの?今のあなたすごく素敵よ?」
レンレンは、しばらく黙っていた。
「……息子のためだった」
「息子?」
「サラが死んでから、あいつは夜泣きが酷くてな。泣いて、泣いて、眠れなかった」
苦笑が浮かぶ。
「お前らがタイムマシンで来て、マミの薬で俺がおかしくなっただろ? その時、偶然この格好(女装)を見た息子が、初めて笑ったんだ。夜泣きも止まった」
マリンは、言葉を失った。
「薬の効果が切れて正気に戻って、でもこの格好をやめたら、また泣き出してな……。それに、独身になった俺を狙って、王妃の座を狙う権力欲にまみれた連中も増えていた。この格好は、色んな意味で都合が良かったんだ」
肩をすくめて、いつもの調子を少しだけ取り戻す。
「気付いたら、やめられなくなっていた。今じゃ立派な趣味だ」
「……じゃあ、なぜヒゲは剃らないの?」
「サラが、俺のヒゲを好きだと言ったからな」
即答だった。
5300年経っても、たった一言の「好き」を守り続けている。
重い沈黙が、二人を包む。
やがて、レンレンは静かに立ち上がった。
「行こう。……息子に会わせる」




