本家の拳
「騒がしいわね。何をしてるのかしら」
閻魔大王の絶叫が止み、耳鳴りがするほどの静寂が訪れたその時。
玉座のすぐ横の何もない空間から、エマによく似た、だがより冷徹なオーラを纏った銀髪の美女が姿を現した。
「げっ、ママ……!?」
エマが、これまでのどんな強敵を前にした時よりも絶望的な顔をして声を漏らす。ママは 想定内ではあるんだが、エマのあの怯え方は普通じゃない。閻魔大王のパパよりヤバい雰囲気がプンプンする。
「あら?エマじゃない。何でここにいるのかしら? ……あなた、説明して頂戴」
エマのママが、隣で固まっている閻魔大王を冷たく一瞥する。
「あ、いや、これはだな……その、儂、じぃじになりたあ……痛っ!!」
ゴッ!! という、重厚な衝撃音が響いた。
閻魔大王の巨体が、ママの拳一つで玉座ごと沈み込む。……ああ、エマのあの理不尽なゲンコツは、間違いなく母親譲りだったんだな。
「……この人じゃ駄目ね。アオバ、説明しなさい」
相変わらず青い顔をしたアオバが、ガタガタと震えながら今の状況を説明する。それを聞き終えたエマのママは、スッと冷ややかな視線を俺たちに向けた。
「なるほどね。閻魔大王なんて『魂管理部の部長』にすぎない貴方が、『地獄省大臣』の私に断りなく、懲戒処分中のエマと無関係な生者を仮死状態にして連れてきたと……」
……えっ。あの閻魔大王が、ただの「部長」!?
地獄のトップじゃなかったのかよ! 閻魔大王めっちゃプルプル震えとるやん。大丈夫か?
「あー、アカリさんの産休と育休ね? 許可します。地獄省もコンプライアンスを見直しているのよ。ここに、公私混同するバカな管理職がいるみたいだし」
大臣ママに睨まれ、閻魔大王は白目を剥いて気絶した。部長、お疲れ様です。合掌チーン。
「それでエマ。あなたの結婚ですが……現時点では却下です」
「なっ……!?」
それは困る。俺は意を決して、ママ大臣の前に進み出た。ここで引いたら男じゃない。
「お、お母様と呼んでも――ッ、いっ、だぁぁぁぁ!!?」
その瞬間、俺の視界が真っ白になった。
懐かしい。エマと出会ったすぐの頃、エマに落とされたあの「魂に響くゲンコツ」。だが、これはその比ではない。魂に響くどころか、魂そのものが消滅を覚悟するほどの圧倒的な本家の拳。
「結婚を認めないと言った直後にお母様? あなたも馬鹿なのね」
ああ、やっぱり親子だわ……。
俺の意識は、そこでぷっつりと途切れた。
---エマ視点---
「ママ! 私の夫になにするのよ!!」
気絶したコーセーの前に立ち、私はママを睨みつけた。
ママは冷めた手つきで拳についた埃を払うと、手元の閻魔帳タブレットを操作しながら淡々と告げた。
「あら、そういえばシステムに通知が来ているわね。このひとが勝手に発行していた……《隠しクエスト:時空旅行している馬鹿を止めろ!》。これを『達成』として処理したわ」
「えっ……? それって……」
「時空旅行をして歴史をいじくり回していたエルフ軍団と1年くらい一緒に行動したでしょ?かなり無茶苦茶なことしてるけど…一応歴史の辻褄が合うように修正されてるわ。よってクエスト達成。報酬の徳ポイント100万ポイントを、あなたたちの共有口座に振り込んだわよ」
「……100万ポイント。これで私のペナルティ70万ポイントは完済ね」
「ええ。残りの30万で、コーセーさんの徳マイナスも多少は……エマ、リボ払いはダメよ。とにかく、結婚はまだダメね。まずはコーセーさんの徳ポイントを完全に『プラス100万ポイント』にしなさい。話はそれからよ」
ママはそこまで言うと、急に険しい顔で空(現世の方向)を見上げた。
「……あら、あなた達、のんびり話してる場合じゃないわ。早く現世に戻らないと、体が燃やされてしまうわよ」
「えっ……!? どういうこと!?」
「マミさんのお兄さん。トールさんだったかしら? あなた達が全然起きないから、死んだと勘違いして、泣きながら盛大な葬儀の準備を始めているわ。……今、火をつけようとしてるわね」
「トールー!! 余計なことしないでよー!!」
私は青ざめて叫んだ。このままだと、私たちは徳を稼ぐ前に「灰」になってしまう!
「仕方ないわね。……いい、エマ。次は『プラス収支』で会いましょう」
ママが優雅に手をかざす。
「スキル――『ヨミガエリ』」
ママが呟いた瞬間、眩い光が私たちを包み込んだ。
視界が急激に浮き上がり、赤い地獄の霧が遠ざかっていく。
意識が戻りかける耳の奥で、トールの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「みんな……っ、せめて、せめて天国へ行ってくれ……! 火をつけろぉぉぉ!!」
「あーし、ふっーかーつ!」
マミの掛け声と共に、私たちは熱い(物理的に)現世へと叩き戻された。




