平和ね
「……ふぅ。やっぱり、現世の空気は美味い。不純物が混ざってないというか、命の味がするな」
本来の拠点であるイーサの街。その少し外れにある、かつて俺たちが解放した「元奴隷たちの村」は、今や見事な桃源郷へと変貌を遂げていた。
「コーセーっち! あーし特製の『春らんまん・マンモスカルビ』焼けたよー!」
マミが鼻歌交じりに、炭火で豪快に肉を焼いている。ちなみにその肉は、時空旅行の土産にと乱獲したものだ。マンモス絶滅の原因でもある。あー、ちなみに恐竜の絶滅は、俺たちフェイタル・ガーデンと偉人エルフ組のガチ模擬戦の余波だ。
「マミ、それ食べても何にも起こらないだろうな?」
「失礼しちゃうなー。これは食べても、美味しいだけだよー。ホルモン焼きは食べてのお楽しみー」
「怖いわ!」
俺がツッコミを入れる隣では、マリンが桜の木を眺めながら
「花より団子、花よりだんご、花より男……」
と、よろしくない事を言っている。レンレンは、空中散歩チャンネルの生配信。クルスはマミに例の飴を貰い、小さくなった体で零戦の模型ラジコンを組み立てている。出来たら乗るそうだ。さるゆきは、キアラとノッテが憑依しなくなった為、村のペット枠として自由にしている。そう、キアラとノッテは精霊王ことウシガエルに憑依するのが気に入ったらしく精霊王は精霊界に帰れていない。そういえば村には最近エルダートレントの世界樹がやってきて居着いてるみたいだ。今はレンゲとも仲が良いらしい。
「平和ね」
エマが普段はあまり見せない優しい微笑みを浮かべながら呟いた。
「ああ、平和だな」
俺がそれに答えエマを見る。あっやっば。恋がはじまるんじゃ……そんなはずだった。豪華絢爛な馬車が、砂埃を上げて猛スピードで突っ込んで来るまでは。
馬車の扉には、なぜか「酒」と一文字書かれた紋章。
「よう、コーセー! エマも元気そうじゃねえか!」
「……ヤ、ヤスオ!? お前、その格好どうしたんだよ!?」
降りてきたのは、かつての酔いどれ冒険者ヤスオ。だが、着ているのは最高級のシルク。首には金のチェーン。手には、いつもの安酒ではなく、ビンテージもののラベルが貼られたボトル。
「ああ、これか? いやー、お前らが不在の間、ちょっと『攻略知識』を使って隣国のダンジョンを一つ更地にしてな。そこの姫さんを助けたら、気づいたら村長通り越して、この辺り一帯を任される『辺境伯』になっちまった」
「『気づいたら』で辺境伯になれるかぁぁぁ!!」
「まあ固いこと言うな。今は俺の領地だ、今日は無礼講で飲むぞ!」
ヤスオが豪快に笑う。……
その時、村の入り口の方から、ひときわ大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! さっきから言ってるだろ! ここは現在、辺境伯閣下が貸し切りでお花見をされているんだ。アポなしの怪しい営業はお断りだ、帰れ!」
声の主はトールだった。マミの兄であり、今はヤスオの領地を守る自警団のリーダーだ。
そのトールが、門の前で二人組の男を必死に押し止めている。
「トール? あいつ、あんなに熱くなってどうしたんだ?」
俺が不思議に思って近づこうとすると、隣にいた「辺境伯閣下」ことヤスオが、豪華なシルクの袖をまくり上げて鼻を鳴らした。
「おいおい、俺の平穏を邪魔する奴はどこのどいつだ? 俺、こう見えても今は辺境伯だぞ? 」
「……ヤスオ、お前権力馬鹿になってないよな?」
ヤスオと一緒に皆で門に近づくと、アカリが「ヒェッ」と短い悲鳴をあげた。
トールの目の前に立っていたのは二人の男だった。一人は、今にも地面に溶けて消えてしまいそうなほど青白く、書類の山を抱えて震えている男。
もう一人は、真っ黒に日焼けした肌にアロハシャツ、手には「天国饅頭」と書かれたお土産袋を持った男。
「……あ……アカリ……。おい、そこの筋肉ダルマをどけてくれ……。俺はもう、有給が欲しい。早くこの仕事を終わらせたいんだ」
ゾンビのような掠れ声でアオバが呟く。
「よお、アカリ! 久しぶり! 大王様が『俺のメッセージを1ヶ月無視した罪は、万死に値する』って激おこでさーお前らを呼びに来たんだ」
キータがサングラスを直し、爽やかな笑顔でトールを見上げた。
トールは剣を抜き放ち、額に汗を浮かべて叫ぶ。
「知るか! マミやエマ様がせっかくの休日を過ごされているんだ。お前らみたいな変な奴を、この俺が通すわけないだろ!」
「トール、良いんだ。……春休みは終わりらしい」
俺が割って入ると、トールはしぶしぶ2人を通した。エマが青い顔で俺の背後に隠れる。
「……ねえ、コーセー。今から、10年くらい時空旅行に戻るっていうのは……」
「無理だろ」
「……いいか、アカリ。大王様が怒ってるのは当然だがな……」
キータがサングラスをずらし、燃えるような執念がこもった目で俺たちを見た。
「有給を、休みを強制返上させてまでお前らを連れ戻せって言われた、俺の恨みを舐めるなよ」
キータは背負っていたアロハ柄の袋から、禍々しい漆黒の大鎌を取り出した。刃からは、魂を凍りつかせるような冷気が漏れ出している。
「ちょっと待つっす! それは死神課の備品『ハーベスター(魂を刈る鎌)』じゃねえっすか! 貸し出し禁止のはずッス!」
アカリが悲鳴をあげるが、キータは爽やかな笑顔で鎌を振り抜いた。
「『特例』だよ。……それじゃあ、みんな。一回死のうか?大丈夫、終わったら生き返れるよ」
ドォォォォン! という衝撃と共に、俺の意識は急激に遠のいていく。
隣では、豪華な服を着たヤスオが
「え、俺も!? 俺、辺境伯なんだけど! 攻略本にこんなイベント載ってな――」
と叫びながら、糸の切れた人形のように倒れた。
「マミ!皆 ……おい、嘘だろ、皆死んだわけじゃないよな?……」
桜が舞い散る中、一人残されたトールが、死体のように積み重なった俺たちを見て、呆然と立ち尽くしていた。
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気がつくと、俺たちは赤い霧が立ち込める巨大な謁見の間にいた。
正面の巨大な玉座には、角の生えた男が座っている。彼が放つ威圧感だけで、俺はチビリそうだ。
「……えー、大王様。これには海よりも深く、時空よりも長い事情がありましてっスね。決して一ヶ月もバックレて花見をしていたわけではなく、ですね……」
アカリが脂汗を流しながら、必死に言い訳をしようとする。
しかし、閻魔大王の目は、アカリではなく俺を物凄い形相で睨んでる。
大王は重々しく口を開いた。その声は地獄の底まで響くほど低い。
「……蜂の分際で、我が娘に手を出すなど。……コーセーと言ったか。貴様との結婚は、断じて認めんぞおおお!!」
「え?俺、結婚するの?」
すると、隣で面倒くさそうにしていたエマが、冷ややかな視線を大王に向けた。
「……ちょっと、パパ。急に連れてきて、いきなり何の話よ?」
閻魔大王がエマのパパ?うーん、何となくそんな気はしてたけどな。ここで「パパなんかーい!!」って突っ込んだらスベリそうだな。よし!俺は意を決してここは、ボケることにした。
「娘さんを僕にください!!」
「コーセー……私で良いの?」
エマが顔を赤くして聞いてくる。
「……キータ。魂の洗濯機持ってこい。アオバは魂の漂白剤だ。コイツには地獄を教えなければならないようだ。」
閻魔大王はブチギレてる?その冷静さが怖い。どうしよう。なんでやねんってツッコミもらう予定が今さらボケでしたーとか言えないよな。
あー、間違いなくここは地獄だ。




