3千年越しの恋
翌日、エルフフロンティアのショッピングモール『ミッドガルド・テラス』は、熱気に包まれていた。人化したエマは、白銀の髪をサイドに流し、どこか不遜で挑戦的な笑みを浮かべて俺の隣を歩く。かつて地獄で亡者を裁いていた閻魔の威厳は、今や「新作を買い漁るセレブ」のそれへと完全に変換されていた。
「さあ、コーセー。今日はリボ払いなんて不吉な言葉は地獄の業火に投げ捨てなさい」
エマが最初に入ったのは、郷で一番の高級ブティックだった。彼女は次々と試着室に服を持ち込み、数分おきに現れては、俺に無言の問いを投げかける。最初は「何でも似合うな」と適当に答えていた俺だったが、エマが最後に選んだ一着を見たとき、思わず息を呑んだ。
「……どう? 少し、都会に馴染みすぎかしら」
それは、歩くたびに流星のように煌めく、銀の魔導繊維で編まれたタイトドレスだった。
「……似合ってる。っていうか、そんな格好で歩いたら、街中の視線が全部エマに裁かれるだろ」
「あら、面白いことを言うわね。決まりよ。これは着ていくわ」
エマは店員の勧めるバッグや靴も「それも、これも」と指差し、俺のダークフォンで次々とエルペイ決済していく。俺の両腕は一瞬で紙袋で埋まった。
「……物理的なポーターって、マジでMP削られるな……」
「文句を言わない。次は映画よ。この街の『恋』とやらを査定してあげるわ」
映画館は、五感すべてをジャックする最新のホログラムシアターだった。
暗闇の中、俺たちは近すぎず、かといって他人のようには遠くない、触れれば熱が伝わりそうな距離で並んで座った。
上映されたのは、この郷の歴史を題材にした超大作『三千年越しの恋』。
かつて原生林だった頃、一人のエルフが人間に恋をし、寿命の差を抗うために自らを機械に変え、三千年後の未来に転生した恋人を待つ……という物語だ。
スクリーンの中では、ボロボロになった機械の乙女が、再会した恋人の手を握り、涙を流していた。
「……ねえ、コーセー」
暗闇の中で、エマが小さく声をかけてきた。
「三千年って、どのくらいの長さだと思う?」
「……想像もつかないな。俺たちのいた世界じゃ、国がいくつ滅んでも足りない時間だ」
「そうね。……でも、地獄で亡者の列を捌き続けてきた私からすれば、三千年なんて、溜まりに溜まった判決書の山を片付けるのに必要な『一日のノルマ』程度のものでしかないわ」
エマはスクリーンを見つめたまま、独り言のように続けた。
「私は閻魔として、果てしない時の流れと、その終わりにある『死』だけを見続けてきた。……でも、もし私が、あんな風にあなたをどこかで待ち続けることになったら。私はきっと、あんなに綺麗に泣けない。……もっと怒って、奈落の底からあなたを引きずり出して、これまでの『未払い分』を請求するに決まってるわ」
エマは冗談めかして言ったが、その瞳には、スクリーンの光が切なく反射していた。
かつての孤独な閻魔様が、今は隣で「自分を待たせるな」と、遠回しに、しかし傲慢に告げている。
俺は、空いている方の手を、彼女の手の上に重ねようとして――やめた。
代わりに、少しだけ椅子の肘掛けに寄せて、彼女の体温を感じる程度に距離を縮めた。
「……俺は三千年も待たせないよ。閻魔様の取り立ては、リボ払いの督促より怖そうだからな。あんたを独りにしたら、地獄の蓋が開きそうだ」
「……ふふっ、そうね。あんたは一生、私の目の届く場所で足掻きなさい」
映画が終わると、外はすっかり暗くなっていた。
ホテルのテラスで、夜景を見下ろしながら晩餐を摂る。エルペイを限界まで使い込んだエマの足元には、山のような買い物袋が積まれていた。
「……楽しかったわ。コーセー」
エマが夜風に吹かれながら、ワイングラスを揺らす。
「かつて死者しか見なかった私が、こんな風に生者の無駄な時間を過ごしている……。これも、あんたというイレギュラーが招いた『業』かしらね」
二人の間に、心地よい沈黙が流れる。
エマの手が、テーブルの上に置かれた俺の手のすぐ近くまで滑ってきた。指先が触れそうで、触れない。
エマは俺の目を見つめ、何かを言いかけ――。
「あー! コーセーっち、エマっち! 見つけたー!」
突然、背後からマミの明るい声が響き、すべてが台無しになった。
見れば、全身にオイルを浴びたマミと
「大変、大変! クルスっちの魔改造、想定外の進化しちゃって、ラボの壁突き破って街の方に飛んでっちゃったんだけど!」
「「お姉様! 止めてください! あのままだとクルス、アステリアの防衛衛星と合体してしまいますわ!」」
俺はエマと顔を見合わせ、深くため息をついた。
「……三千年の恋も、一瞬でぶち壊しかよ」
「いいわ。……続きは、あのデカブツを地獄の果てまで追いかけてからね」
エマは銀のドレスを翻し、一瞬で「不機嫌な閻魔様」へと表情を切り替えた。
絶妙だった二人の距離感は、再び「カオスな旅の仲間」へと戻り、俺たちは光り輝く夜の街へと駆け出した。




