マジカルかフィジカルか
エルフフロンティアのセントラル・コア。アステリアver18の演算ユニットが放つ淡い青光に包まれたラボで、マミがダークフォンのカメラを、無骨なフルプレートに身を包んだクルスに向けた。
「ねえ、ロザリッチ。よく見たらクルスっち、OSのバージョンが骨董品レベルなんだけど。ていうか、魔力の循環経路が完全に焼き切れる寸前じゃん。これさ、放置してたらあと数ヶ月でコアが沈黙する――寿命、近いっしょ?」
マミの軽い口調とは裏腹に、その言葉の内容は残酷だった。
俺は思わず、さっきマックで買ったビッグユグドを食べていた手を止めた。
「……クルス、お前そんな状態だったのか?」
クルスは静かに、自分の重厚な籠手を見つめた。
「……マスターは言っていた。機体も、人も、いつかは朽ちるからこそ美しい、と。俺に内蔵された擬似魂は、人間と同じで、時計の針が止まるように設計されている。それがマスターの、俺への最後の慈悲だった……」
「ハッ! 慈悲だか何だか知らないけど、そんなのただの設計ミスだよ。ジローの奴、相変わらず感傷が邪魔をして効率を落としてやがるねぇ」
ロザリーが冷酷に言い放ち、タブレットを激しく叩いた。
「だが、新しく『錬金の極み』を手に入れたマミ。それにアステリアの技術提携先であるキアラとノッテ。……揃っちまったねぇ、最高のメンツが。あんたを『終わらせない』ための材料は、そこら中に転がってるんだ」
「「やりましょう。ダークフォンの最新クアッドコア・チップと、光マナネットの超高速回線をクルスに直結ですわ。ついでに外装は、レーダーを無効化するステルス・コーティングを施しましょう!」」
キアラとノッテが、まるで新しいガジェットを分解して喜ぶ子供のような邪悪な笑みを浮かべる。
「クルスっち、あーしの『錬金の極み』で、装甲の分子構造からキラキラに書き換えてあげるし! 次のアップデートで、クルスっちは『最強の魔導機神』に転生決定ー!」
マミが鼻歌交じりに、魔導演算機にデタラメな、しかし天才的なレシピを打ち込んでいく。
その背後で、解体用の魔導レーザーアームが、無情にもウィーンと音を立ててクルスを囲い込み始めた。
クルスは、これから自分の「人間の尊厳」が、効率とギャル的感性によって粉砕される未来を悟ったのだろう。彼は虚空を見つめ、静かに呟いた。
「……マスター・ジロー。あなたが、この師匠ロザリーを『知識のために魂を売った、美学の欠片もない化け物』と恐れ、死ぬまで逃げ回っていた理由が……今、ようやく……魂の底から理解できました……」
ガチで引きつっているクルスの、人生最大の絶望顔を、俺は正視することができなかった。
「改造には三日かかる。その間、あんたたちは街で暇でも潰してきな。適当な宿泊施設のスイートルームは、アステリアの経費で押さえておいたからねぇ」
ロザリーに世界樹のクエストで得た金貨をこの国の通貨――エルペイ――に両替してもらうと(それぞれのダークフォンに電子入金された。ハイテクすぎるだろ)、俺たちは即座にラボから追い出された。
放り出された俺たちは、ネオンきらめく都会の雑踏の中、それぞれの欲望に従って散っていった。
まず行動を起こしたのは、自称「世界で一番カワイイ魔法少女」こと、レンレンだった。
「私のような可愛い魔法少女が、一介の冒険者で終わるのは世界の損失なのぉん。この街のネオンを、すべて私のスポットライトに変えてあげるわぁん」
レンレンが向かったのは、エルフの郷で最大手の芸能事務所『エルフ・スター・ダスト』。
面接会場には、意識の高い美男美女エルフたちがズラリと並んでいたが、レンレンは順番待ちの行列を華麗にスルー。文句を言おうとした受付嬢を「ウフッ」という色気だけで黙らせ、審査員室へ乱入した。
「……え、君。名前は? エルフじゃないよね?」
困惑する面接官に、レンレンは優雅に腰をくねらせ、ウィンク一つで背後の大型魔導モニターを過負荷で爆発させた。
「マジカルかフィジカルか。物理で解決、魔法少女レンレンよん。ウフッ」
目を疑うようなポージングで自己紹介を始めると、会場には物理的な衝撃波が吹き荒れ、書類が舞い散った。
「(物理で解決する魔法少女って何だよ! 怖いよ!)……ええと、すみません、今回はその、ご縁が……」
目の前のバケモノを刺激してビルを壊されないよう、丁寧に断りを入れようとする面接官。だがレンレンは妖艶に微笑み、耳を貸さなかった。
「もう私の歌も聴きたいのねぇん? 強気なんだからぁん」
「(いや、そんなこと一言も言ってねーぞ!?)」
「じゃあ聞いてぇん。新曲――『恋する乙女の物理魔法』。ワータシはレンレン。まほ〜しょうじょ〜!!」
数分後、事務所のビルからは「異世界伝説のジャイ◯ンが現れた!!」「耳が……耳が死ぬ!!」という絶叫が響き渡っていた。
一方、マリンは、いつもの漆黒の隠密服を脱ぎ捨てていた。
どこで調達したのか、海のように深い真っ青なシルクで作られた、背中が大きく開いたイブニングドレス。腰には隠しナイフを三本(彼女なりの礼儀らしい)忍ばせ、彼女は高級ホテルの『エリート婚活パーティー』の会場へと足を踏み入れた。
「……暗殺者の技術は、ターゲットを仕留めるためだけにあるのではない。……獲物を誘い出し、その喉元に愛(死)を突き立てるのも、また暗殺術。……今日こそ、私の猛毒に耐えうる、頑強な伴侶を『捕獲』してみせるわ……」
彼女が会場に入った瞬間、温度が数度下がったような錯覚を周囲に与えた。ターゲットを吟味する彼女の目は、完全に「獲物を探すハヤブサ」のそれだった。
「あ、あの、お嬢さん。お一人ですか? 宜しければ、こちらのポーション・ワインでも……」
勇気あるエルフの青年実業家が声をかけた。マリンは無言で彼を見つめ、首筋の動脈の拍動と体温の変化を確認してから、ポツリと答えた。
「……あなたの心拍数、少し高い。緊張? それとも、先ほど私の服に付着させた『睡眠の香気』に中枢神経が反応しているの? ……後者なら、あなたは私の伴侶にふさわしいわ。デートを許可する」
「……え?」
青年は、いつものやり口で女を眠らせて持ち帰ろうとしていたのが一瞬でバレ、その場で震え上がり、脱兎のごとく逃げ出した。
その後も、マリンが近づくたびに「……歩き方に隙がある」「……その指先の震え、毒耐性の低さを物語っている」「……不合格。死をもって償え(比喩)」という物騒な呟きを漏らすため、彼女の周囲十メートルは完全に無人地帯と化した。
夕暮れ時。俺とエマは、立ち並ぶビル群を望むホテルの最高級テラスにいた。
「……なんか、二人きりも久しぶりだな」
俺の言葉に、人化した姿(超絶クールな美女)のエマが、高価そうな紅茶を啜りながら頷いた。
「そうね。久しぶりね。コーセー」
エマが不敵に、そして少しだけ悪戯っぽく微笑む。その瞳には、ネオンの光が美しく映っていた。
「明日は一日、私に付き合いなさい。この街を遊び尽くすわよ。言っておくけど、荷物持ち(ポーター)の役割は、魔法じゃなくて自分の腕でやってもらうわよ?」
「……俺のMP(腕力)、物理的に削られそうだな」
ネオンが灯り始めたエルフフロンティア。
俺は、明日のデートの予感と、そして魔改造によって「人間性」や「ジローの美学」を喪失していくであろうクルスの未来を思い、そっと夜空を見上げた。
そこには、本物よりも鮮やかな偽物の星空が、冷たく、しかし美しく瞬いていた。




