アステリア
ロザリーが指先一つで呼び出したのは、流線型のボディがネオンを反射する最新鋭のエアー・リムジンだった。
ドアが重厚な音と共に跳ね上がり、俺たちは贅沢な革張りシートに身を沈める。リムジンは静かに浮上すると、ビル群の間を縫うように走る空中レールへと滑り出した。
「……なあ、ロザリー。さっきからビルとホログラムばかりだけど、この郷を治める『女王様』とかはいないのか? ファンタジーならほら、森の最奥に絶世の美女が鎮座して、皆に慕われてるもんだろ」
窓の外、巨大なディスプレイで「新作ポーション・エナジー」の広告を眺めながら、俺は素朴な疑問を投げかけた。これまでの旅で出会った「ハイエルフの郷」のイメージとは、あまりにもかけ離れていたからだ。
ロザリーはシャンパングラス(中身は魔炭酸水だ)を傾け、不敵な笑みを浮かべた。
「ハッ! そんな非効率なもん、数百年前にリストラしたよ。絶世の美女? そんなものが老化でシワを増やしたり、色恋沙汰で判断を誤ったりするのを待つなんて、リスクでしかないからねぇ。……今のこの街の女王は、あたしたち科学者ギルドが総力を挙げて作り上げた司法、行政、立法を管理するAI――マザー・コンピュータさ」
「管理AI……。ついにファンタジーを完全に捨てやがったな、ど…」
「独裁じゃねーかとツッコみたいんだろう? だがね、コーセー。彼女は常にに国民全員へのアンケートを魔導通信で実施している。今日のランチの価格設定から、次世代魔導エンジンの予算配分まで、民意をリアルタイムで集計し、即座に政策へ反映させる。……感情に左右されず、常に『最大多数の最大幸福』を計算し続ける。これ以上の民主主義があるかい?」
「……ポチポチ投票で国が決まるのか。便利なんだか、味気ないんだか」
俺のツッコミをよそに、リムジンは郷の中心にそびえ立つ、白銀に輝く水晶の塔「セントラル・コア」へと吸い込まれていった。
塔の最深部、厳重なセキュリティゲートをいくつもくぐり抜けた先に、その空間はあった。
広大なドーム状の部屋の中央には、無数のケーブルと透過ディスプレイに囲まれた、その表面には金色の電子回路が血管のように走り、青白いホログラムの光が神々しく揺らめいていた。
『フェイタル・ガーデンの皆様ようこそ、いらっしゃいました』
「これがマザー·コンピュータ、統合統治体 アステリアver18だよ」
「さあマミ、とりあえず、あんたが持ってきた『クエストの品』を出しな」
「…?う〜んロザリッチ。錬金神様の神像がないよー?」
「あー、神像はアステリアに組み込んだのさ。その方がシステムが安定するからねぇ。さあいいから捧げな」
本当、過去の偉人やりすぎじゃね?なろうのデタラメ主人公達もここまでファンタジーの世界観壊さないって。
ロザリーに促され、マミはエマのストレージから、二つの品を取り出した。
一つは、黄金の蜂蜜酒。もう一つは、マミが世界樹のイチゴを、その魔力と直感で極限まで煮詰めた、至高のイチゴ・コンポート。
「……お待たせ! 錬金神様、特製のデザートとお酒持ってきたし! これでクエスト完了でしょ?」
マミがそれらを神像の祭壇に供えた瞬間、ラボ全体の計器が臨界点を超え、まばゆい黄金の光が炸裂した。
《――キターーーーーーッ!! やっと、やっと届いたわぁぁぁ!!――》
管理AIの冷徹な合成音声とは全く違う、ひっくり返ったような黄色い悲鳴がラボに響き渡った。
光の中から現れたのは、マザーAIのホログラムとは別個体の、ふんわりとした赤と青のドレスを纏い、頭にフラスコの飾りをつけた「錬金神」本人のホログラムだった。
彼女は実体化した手で、まずイチゴのコンポートをひったくるように手に取ると、一気に口へ放り込んだ。
「んんん~~~っ!! これよ! この『禁断の糖分』! 自分で作るとどうしても論理的な味になっちゃうのよね! この直感だけで煮詰めたバカみたいな甘さ、最高だわ!!」
「……あの、神様。お酒の方は飲まないんですか? みんなが頑張って作ったんですけど」
俺が呆然としながら尋ねると、錬金神は蜂蜜酒の瓶を宝物のように抱きしめ、頬を林檎のように赤らめてモジモジし始めた。
「……これ、私が飲むわけないじゃない。……あのね、これを持って、鍛冶神のところへ行くんだから! ずっとデートに誘ってるんだけど、あいつ、典型的な職人気質の引きこもりでしょ? 『俺を唸らせる最高級の酒でも持ってこねぇ限り、工房の火は落とさねぇ』なんて抜かしやがって……。これで、これでようやく、あいつをピクニックに連れ出せるわ!」
「神様の個人的なデートのワイロかよ!!」
俺の絶叫がラボに虚しく響く。世界を救うためでも、人類の進化のためでもない。神様がクエストを出した理由は「自分が甘いものを食べたい」という食欲と、「好きな男を釣るためのエサが欲しい」という、あまりにも人間臭すぎる乙女心だったのだ。
「……ま、まぁ動機は何だっていいじゃない! 品物は最高級、私の心は満たされた! 約束通り、マミ。あなたに私の『極み』を授けるわ!」
錬金神が上機嫌で指先をパチンと鳴らすと、マミの全身に虹色の魔力が渦巻いた。そして錬金神のホログラムは消えアステリアに戻った。
【緊急クエスト:『錬金神に蜂蜜酒を捧げよ』をクリアしました】
【スキル進化:錬金神の加護(癒しの料理)→ 錬金神の寵愛(錬金の極み)】
「うわ、なんか脳内アップデートがエグい! これ、この街のビル全部イチゴ味のチョコに書き換えられるし、最新のダークフォンも砂粒から作れる気がする!」
「やめな、そんなことしたらアステリアが論理崩壊してしまうよ」
ロザリーがツッコミを入れつつ、どこか楽しそうに笑った。
「まあ、あーし錬金の極み貰っても、美味しい料理作ることしか興味ないんだけどね〜」
「「マミ、料理も良いけど、今度うちのダークフォンバージョンアップするの手伝って」」
「キアラっちにノッテっち、もちOK」
「やっぱり、あんた達だったかい。光と闇の。今はキアラとノッテかい」
マミとさるゆきから出てきたキアラとノッテが話しているとロザリーが会話に交ざる。
「うん?あなた達、知り合いなの?」
「「お姉様、知り合いと言うか、そこのマザーAIアステリアを開発する時、あと光マナネット商会、ダークフォン商会を起ち上げる時に互いに技術提携をしただけの仕事仲間ですわ」」
は?
「やっぱり、入国の時に攻撃受ける必要無かったじゃねーか!?」
俺は再び叫ぶのだった。




