殺すなよ
「……まあ、腹が減っては研究もできやしない。案内してやるよ、あたしの街にな」
ハイエルフのババア(見た目は20代の美人)に連れられ、俺たちは「エルフフロンティア」のメインストリートを歩いていた。見上げるほどのビル群、飛び交うエアカー、そして到着したのは、お馴染みのMのマークがホログラムで回転する『魔導・クイック・キッチン』。通称マックだ。
「いらっしゃいませー! スマイル魔導チャージ中ですよー!」
店員エルフの淀みのない接客を受けながら、俺たちは各々バーガーセットを注文し、窓際の席に陣取った。
「そういえば、まだあんたの名前を聞いてなかったな。ババアじゃなくて、本名を教えてくれよ」
俺がそう切り出すと、彼女はストローを咥えたまま面倒くさそうに答えた。
「……ロザリンド・フランクリン。この郷の最高技術顧問の錬金術師だよ。ロザリーとでも呼びな」
「……ロザリンド、フランクリン……!?」
俺はその名に聞き覚えがある気がした。どこで聞いたっけ?
『……おいエマ、鑑定だ。このババア……ロザリーのステータスを覗いてくれ』
俺が念話でエマに頼むと、ポテトを食べていたレンレンが冷徹な声で制止した。
「……やめておきなさいなぁん。エマ、コーセーきゅん。彼女はねぇん、私たちに負けず劣らずの化け物なのよぉん。女の年齢知ったら…ねぇ?」
「ハッ! ニコタール、あんた分かってるじゃないかい」
ロザリーがニヤリと笑う。
「あたしの本当の年齢を知って、まだこの世界で息をしているのは仲間以外じゃ、そこのニコタールと、ドワーフの老害くらいなもんさ。……それでも見るかい? 二重螺旋の深淵を」
「二重螺旋」……この世界の住人が比喩として使うはずのない言葉だ。
「……単刀直入に聞く。ロザリー、あんた……転生者なのか?」
「転生者、ねぇ……。懐かしい響きだ。――あんたもかい?」
ロザリーはポテトを一本口に放り込み、咀嚼してから窓の外のサイバーパンクな街並みを眺め、俺の返事を待たずに続けて話す。
「あたしが『こっち』に来た頃には、まだこの郷には緑なんて腐るほどあったよ。あまりに暇で、泥臭い森の生活に反吐が出たね。……だからあたしが持っていた『知識の断片』を、錬金術でこの世界に実装し直したのが今のエルフフロンティアさ。もちろん一人じゃないさ、他にも暇を持て余した変人たちが大勢いたからねぇ」
ロザリーは指を折りながら、さらりと言ってのけた。
「物理法則をこねくり回してたアルベルト、重力の計算にうるさかったアイザック、魔物の進化を観察してたチャールズ、爆薬作りに命をかけてたアルフレッド、芸術肌のレオ……」
「……は?」
「ああ、親友のマリーとはよく女子会をしたもんさ。その旦那のトーマスは、とにかく電気電気うるさい発明狂でねぇ。みんなで協力してこの街をつくったのさ。」
俺はコーラを噴き出しそうになった。
「アインシュタイン、ニュートン、ダーウィン、ノーベル、レオナルド・ダ・ヴィンチ、キュリー夫人にエジソン!? 科学史のオールスター感謝祭かよ! 全員この街にいたのか!? 時代のバラバラさが大渋滞起こしてんだろ!!」
「ハハハ! 知識に時代なんて関係ないさ。魂が集まればそこが最先端だよ。まあ、この街には今はあたししか居ないがね……」
「亡くなったのか……仲間との別れは辛いよな」
「何言ってんだい。殺すなよ。あいつらは今、アイザックの理論が完成したとか言って、時空旅行してるよ。あたしは興味なかったから居残りさ」
何故か皆が俺を冷たい視線で見てくる。いやいや紛らわしい言い方するからだろー!!って「時空旅行!?」もう、そっちの話が気になるって!ロザリーは愉快そうに笑い、今度は……黙々と「ビッグ・ユグド・バーガー」を口に運んでいたクルスを指差した。
「ああ、そこのデカブツの生み親は、あたしの弟子のジロー(ホリコシ)だねぇ。あいつも美しいものを作らせたら天下一品だったが、まさか最後にあんな『堅牢さの極致』を完成させてたとはね」
「……え、クルス!? お前、ジローの……堀越二郎が生みの親なのか!?」
俺の叫びに、クルスはバーガーを飲み込み、静かに頷いた。
「……マスターは言っていた。『美しいものは、同時に強くなければならない』と。……俺の装甲、俺の盾。そのすべての設計図には、風の流れを計算した数式が刻まれている」
「ゼロ戦の設計者が、最終的に行き着いたのが『盾を持った巨人のホムンクルス』かよ!! 美しい機体を目指した結果が、このガチガチの重装甲かよ!」
「フン、ジローの奴、普通のヒト種だったからねぇ。あたしとチャールズがエルフに進化させてやるって言っても『空を飛ぶのはいつか終わる。もちろん僕もいつか終わる。師匠僕は人間のままでいい』なんて泣かせること言ってたよ」
ロザリーが懐かしそうに目を細める。
「その話はマスターに聞いたことがある。誰が人体実験に付き合うかバカヤローって言ってたな」
おい、クルス!感動の話にぶっこむなよー!!しかし、
「……この郷、ヤバすぎるだろ。フロンティアどころか、地球の天才たちの掃き溜め……いや、聖域じゃねーか!」
「ハッ、理解が早くて助かるよ。……さて、マミと言ったかい? あんたもその末端のスキル持ちだ。あたしの工房へ来な。あんたのその『キラキラした直感』が、あたしたち老いぼれの理論を越えられるかどうか……試してやるよ」
「エモーい! スカウトされちゃった! 錬金術のトップ、あーしが乗っ取っちゃうし!」
マミがケラケラと笑い、ポテトを掲げる。俺は、歴史とロマンが詰まりすぎて胃もたれしそうなバーガーを噛み締めながら、この「エルフフロンティア」という異常な街の深淵に、一歩足を踏み入れる覚悟を決めた。




