新たな女王
俺の名はトール。元奴隷で、今は『フェイタル・ガーデン』の拠点となった村の自警団長だ。
最強の怪物たちがハイエルフの郷へ向けて旅立って数日。村は今、エマ様たちが残していった「遺産」のせいで、とんでもないことになっていた。
「おーいトール! マミのレシピで蜂蜜酒、もう仕込んだか?」
相変わらずのノリで戻ってきた師匠は、村の裏手に誕生した異様な光景を見るなり、目を輝かせた。
そこは、以前はただの枯れた洞窟だった場所。
だが、エマ様が残していった蜂の眷属たちが、エマ様の魔力で**【建築蜂・アーキテクト】や【守護大蜂・ジェネラル・ホーネット】**へと超進化を遂げ、洞窟全体を黄金の六角形が連なる巨大な魔宮へと作り変えていたのだ。
「ちょっと味見させてもらうぜ!」
師匠が鼻歌まじりに足を踏み入れた、その瞬間。
「「「ブゥゥゥゥゥゥン!!」」」
音速を超えた羽音が響き、金色の鎧を纏ったような精鋭蜂たちが殺到した
。
「おわっ!? 待て、俺は身内――ぎゃあああああ!!」
剣聖ともあろう御方が、数百発の「不法侵入への教育」を叩き込まれ、全身をパンパンに腫らして入り口まで吹っ飛んできた。
『……女王、不在。……規律、絶対。……侵入者、排除』
進化した蜂たちは、エマ様の「管理」を忠実に守りすぎていた。彼女の許可がない限り、一滴の蜜も外に出さない鉄の掟が敷かれていたのだ。
「これじゃ、マミのレシピが台無しよぉ……」
お袋が、レシピを抱えて途方に暮れていた。困り果てた俺は、ダークフォンでマミを呼び出した。
画面には、移動中の馬車(?)で優雅にイチゴを齧るマミと、背後で「借金返済計画」を練るエマ様が映った。
『あ、トール兄? なに、ハチミツが採れない? あー、あの子たちマジで真面目だからねー』
『エマっち、どうにかしてあげてよー。あーしのパパとママ、楽しみにしてるんだし!』
マミが頼み込むと、エマ様が面倒くさそうに画面を覗き込んだ。
『……仕方ないわね。あの子たちは「女王」の命令がないと動けないの。私の代わりに現場で命令を下す**「代理女王」**を指定するわ。……そこにいる、マミのお母さん。あなたに権限を委譲するわね』
エマ様が画面越しに呪印を飛ばすと、まばゆい光がお袋を包んだ。
「えっ……!? な、なにこれ、頭がムズムズするわぁ」
光が収まった時、俺は絶句した。
狼の獣人であるお袋の、ピンと立った耳の間に……可愛らしくも禍々しい「蜂の触覚」がニョキッと生えていたのだ。
「あらあら、なんだか蜂さんたちの気持ちが分かる気がするわぁ」
お袋が触覚をピコピコ動かしながらダンジョンへ一歩踏み出すと、あれほど狂暴だった巨大蜂たちが、一斉に伏して跪いた。
『……新たな女王、確認。……蜜の出荷、全面許可』
『 ママ、女王様じゃん! 最高!』
画面の向こうでマミがケラケラ笑い、お袋は「蜂さん、そこは整理整頓してね」と触覚を揺らしながら蜂たちを指揮し始めた。
その夜、村では盛大な宴が開かれた。
代理女王(お袋)が収穫させた濃厚な「魔導ハチミツ」を使い、親父がレシピ通りに最高級の蜂蜜酒を仕込んでいく。
「……うめぇ。まだ仕込みなのに、五臓六腑に染み渡るぜ……」
腫れが引いたヤスオさんが、懲りずにグラスを傾けている。その横では、新入りのレンゲが蜂たちの運んできた肥料で爆速成長した野菜を抱え、
「……農業、意外とブラックっすね……」
と虚ろな目で笑っていた。
俺は画面越しのマミに、少しだけ心配そうに声をかけた。
「マミ、お前の方は大丈夫か? 」
『あはは、トール兄ったら心配しすぎ! こっちはこっちでエマたんが「借金返済(物理)」とか言って超張り切っててウケるよ。次はハイエルフの郷! 映えるババアの写真、送るからねー!』
村には、黄金の蜂ダンジョンと、触覚を生やした最強の代理女王(お袋)が残された。
ここがいずれ、世界最高の蜂蜜酒の産地として名を馳せることになるのだが……それはまた、別の話。
「ししょー!!」
俺は足りなくなった蜂蜜酒をまだ飲もうと、ダンジョンに侵入し返り討ちに遭う師匠に叫び声をあげるのだった。




