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レンゲ


「……うるさいわねぇん。エクスプロージョン(物理パンチ)で黙らせるわよ?」


レンレンが凶悪な笑みを浮かべ、東京タワーくらいはありそうなエルダートレントに向かって拳を振り上げたその時だった。


「ひいいいいいっ! ごめんなさい! マジで勘弁してくださいっ!!」


地響きのような咆吼が止んだかと思うと、巨体が激しく震え、中から手のひらサイズの「ひょろりとした植物?の精霊」が飛び出してきた。精霊は地面に着地するやいなや、完璧なフォームで土下座を決めた。


「ちょっと、何よ〜ん。私の拳の行き場はどうしてくれるのよぉん」


レンレンが拍子抜けしたように拳を下ろすと、彼女はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「でも、やっぱりねぇん。おかしいと思ったのよ〜ん。本来エルダートレントなんて、エルフには『世界樹』って崇められるくらい、森の深いところで大人しくしてる無害な存在だものぉん」


草の精霊は、ガタガタと震えながら俺の背後に浮かぶ「さるゆき(キアラ&ノッテ)」をチラ見した。


「……だ、だって! 相手は光と闇の大精霊様じゃないですか! 殺気! 殺気が漏れすぎてて光合成もできないっス!」


「「あら、バレたみたい」」


キアラとノッテが、さるゆきから実体化して、左右から精霊を覗き込む。


「「お姉様を驚かせようとした罰として、除草剤でも撒いてあげようかしら?」」


「ひいいいい! 勘弁してください! 私はただ、ちょっと人間をおちょくって遊んでただけなんですぅ!」


あまりの恐怖に、草の精霊は自身の茎をちぎらんばかりに身をよじって許しを請うた。


『……ふぅ、ようやく静かになった。助かりましたよ、古龍の御方』


禍々しいオーラが消え、樹木が澄んだ空気を纏い始める。脳内に直接響く穏やかな老人の声。これが世界樹の真実だった。


『お礼に、私の「魔導イチゴ」と「枝」を持っていきなさい。……さて、私は騒がしいのが苦手ですので、これにて失礼。……さらば!』


世界樹がそう告げた直後だった。

ゴゴゴゴゴ……! と凄まじい地響きが鳴ったかと思うと、巨大な樹木が、その根っこを無数の足のように器用に動かし始めた。


「え、ちょっと待って……早すぎない!?」


巨大な樹木は、その巨体からは想像もつかない爆速で、森の深部へと走り去っていった。ドスドスドス! と地響きを残し、背後のイチゴを激しく揺らしながら、巨大な木が猛スピードで遠ざかっていく。


「……逃げ足、あーしのダークフォンの通信速度より速くない?」


マミのツッコミが、静まり返った街道に虚しく響いた。


「よし、収穫っしょ! クルスっち、それ出して!」


「……うん盾か?」


マミに促され、クルスが重厚な背中から取り出したのは、伝説の金属で作られたはずの聖武具「拒絶の盾」だった。


「はい、これを水平に持って! 動いちゃダメだよ。ここをイチゴのトレイにするから!」


「……盾は守るものだ。……イチゴを運ぶための盆ではない……」


クルスは文句を言いながらも、マミには逆らえないのか、プルプルと腕を震わせながら盾を巨大な皿のように差し出した。


「エモーい! Sランク冒険者がイチゴ運んでるとか、マジ絵面最高なんだけど」


マミは山盛りのイチゴをクルスの盾に乗せ、さらに世界樹の枝までその上に積み上げた。


「コーセーっちは羽音がうるさいから、今日はクルスっちが『運び屋さん』ね!」


「……不本意だ」


クルスが、一粒のイチゴも落とさないよう、全神経を集中させて慎重に歩き出す姿は、もはや執事のようだった。


さて、残されたのは、キアラとノッテの影に怯えて縮こまっている草の精霊である。


「待って。殺すのはもったいないわ」


エマが前に出た。


「私たちが拠点にしていた…いえもう村ね。村はまだ人手が足りないの。植物の精霊なら、農業を手伝わせるのに最適じゃないかしら?」


「ひえっ! 農業!? 管轄外! 嫌だぁぁぁ!」


精霊が叫ぶが、キアラとノッテが背後から「「あ?」」と冷たい声を出すと、精霊は即座に直立不動になった。


「……聞きなさい、今日からあなたの名は『レンゲ』よ。私の眷属として、生涯をかけて村に尽くしなさい」


エマが名を告げた瞬間、眩い光が精霊を包み込んだ。


「あ、あああ……!? 体が、逆らえない……!?」


「レンゲっち、マジ乙。農業(社畜)頑張ってねー」


マミが憐れみの目を向けながら、ダークフォンで「絶望するレンゲ」を撮影した。


「よし! イチゴも枝もゲットしたし、レンゲっちは村へ送還っしょ!」


街道は今、嘘のように晴れ渡っている。

巨大な盾を皿にしてイチゴを捧げ持つ巨人のクルス。その後ろを、自撮りをするギャル、満足げな女王、そして不満げな俺たちが続く。『フェイタル・ガーデン』の初仕事は、討伐対象が爆走して去り、悪ガキ精霊が年貢を納めて農夫になるという、意味不明な結末を迎えた。


「マミ、一粒食べてもいいかしら?」


「ダメだよ! マリンちゃん。あっ、クルスっち揺らさないで! 振動厳禁!」


「……俺は……何をしているんだ……」


巨人の悲哀に満ちた呟きを乗せて、イチゴの甘い香りがイーサの街へと運ばれていった。結局、その日のイーサの街の城門前は、ちょっとした騒ぎになった。


「おい、見ろよ。あれ……Sランクに登録されたばかりの……」


「盾にイチゴを山盛りにして歩いてくるぞ……?」


門番や冒険者たちが道を開ける中、先頭を行くのは巨漢のクルスだ。本来なら数多の斬撃を弾き返してきたはずの伝説の盾を、彼はまるで「高級ホテルの給仕」のように水平に捧げ持っている。その上には、魔力を帯びて赤く発光する魔導イチゴが、崩れそうなほど高く積み上げられていた。


「クルスっち、左に0.5ミリ傾いてる! シャッターチャンス逃すじゃん!」


その横でダークフォンを構え、ポーズを指定しているのはギャルのマミ。


「……マスターよ。俺は今、人生で一番繊細な戦いをしている気がする……」


一粒のイチゴも落とさないよう、全神経を集中させて摺り足で歩くクルスの額には、戦闘時でも見せなかった汗が浮かんでいた。

その後ろを、俺は情けない羽音を立てて随伴する。

俺の足元では、猿の姿をした「さるゆき」の肩の上で、新入りの草の精霊レンゲが、さるゆきに潜むキアラとノッテの冷たい視線に怯えて「ひぃ、一生農業しますからぁ……」と泣きべそをかいている。


「あらぁん、みんな注目してるわよぉん。やっぱりSランクは華がなきゃね」


レンレンが優雅に手を振り、マリンが「イチゴ、いい匂い……」と今にも盾に手を伸ばそうとするのを、エマが「街に着くまでは我慢よ」となだめる。

最強の怪物たちが、イチゴを運ぶ。

そのあまりにデタラメで、どこか楽しげな「運命のフェイタル・ガーデン」の初凱旋は、イーサの街の歴史に(主に困惑とともに)深く刻まれることとなった。

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