社畜
『『……は?』』
切り株の上で、俺とエマの声(念話だが)が完全にハモった。
死ね、だと? この男、契約書にサインした直後に、互いへの危害禁止条項を破るつもりか?
『おい、ヤスオ! 契約したばっかりじゃない! 何が「死んでくれないか?」よ!』
『そうだぞヤスオ! 俺たちS級だかSS級だか知らねーけど、やるってんなら容赦しねーぞ!』
俺たちが騒ぎ立てると、ヤスオはキョトンとした顔で首を傾げた。
「いやいや、マジで死んでくれって話じゃねぇよ。偽装工作だ、偽装工作」
ヤスオはそう言って、ニヤリと笑った。その顔は、契約前の飲んだくれのそれとは違い、B級(元S級?)冒険者としての狡猾さが滲み出ていた。
「お前ら、ギルドで討伐依頼が出てるのは分かるだろ? 『ピンク・デビルを追え』。最初は銀貨3枚だったが、お前らの本当の危険度が知れ渡りゃ、すぐに報酬は跳ね上がる」
俺ははっとした。確かに、討伐依頼が出てもおかしくない。
「俺は飲んだくれだし、借金でギルドから降級食らってる。俺も報酬目当てで襲いかかったわけだし、まぁ、金は欲しい。だから、お前らの悪評を利用して、一気に稼ぎたいわけよ」
『つまり……私たちを「倒した」ことにして、ギルドから報酬をせしめる、と?』
エマがヤスオの意図を正確に読み取る。
「そういうこった。お前らは俺に『討伐された』ことになって、一件落着。俺は借金返して晴れてA級……いや、S級に復帰。お前らは指名手配から解放されて、のんびり蜂蜜酒が作れる。ウィンウィンだろ?」
ヤスオはなんてことないように言ったが、俺は頭を抱えた。
『無茶言うな! どうやって俺たちS級死を偽装するんだよ!? 討伐証明がないと報酬はもらえねぇだろ。ギルドはごまかせないだろ?』
「まあまあ、落ち着けって。実はな……」
ヤスオはそう言うと、背負っていた大きな荷物袋をガサゴソと漁り始めた。中から出てきたのは、酒瓶とサッカーボールサイズの黒い石だった。そこには、微かにだが強力な魔力の残滓が感じられた。
「これは『ファイア・ドラゴン』の魔石だ。中身は空っぽだが、元々は危険度S以上の魔物が持ってたもんだ。討伐証明は魔石で大丈夫だ」
ヤスオはニヤリと笑った。
「お前らの魔力をこの空っぽの魔石に注ぎ込めば、鑑定士は『これはS級魔物の死体から取れた魔石だ』と勘違いする。そうすれば、死の偽装は完璧に機能するって寸法よ」
『なるほどな! 俺たちの魔力を注ぎ込むわけか!』
「その代わり、報酬は、俺の借金返済が優先だ。お前らには、当面の間は森のこの開けた場所を拠点に、蜂蜜酒作りで自給自足してもらう」
ヤスオはさっきとは打って変わって真剣な顔で、俺たちに提案した。
「どうだ? のんびり酒作るか、それとも冒険者に怯えながら逃げ回るか。選ぶのはお前らだ」
俺とエマは顔を見合わせた。どう考えても、ヤスオの提案に乗る方が安全だ。
『……仕方ないわね。』
『俺もそれでいい。まずはこの魔石に魔力を注ぎ込むか……』
こうして、俺たちの異世界生活は、「魔石を使った死体偽装」という、どこか後ろめたい形で新たな展開を迎えたのだった。
この後、エマについてはまだ、伏せ、俺が転生者であることはヤスオに伝えて、偽装について簡単な打ち合わせも行った。
そして少し落ち着いたところで、俺達は雑談をはじめた。
「それにしても、コーセーは飛ぶのが上手ね。私はまだ慣れなくて、地面よりちょっと浮くのが精一杯ね」
エマがため息をつく。その姿は威厳というより、どこか寂しげに見えた。
「そういや、エマって俺を蜂に転生させる前に、蟻か蜂かで悩んでたんだろ? 結局なんで蜂にしたんだ?」
何気なく尋ねた。
エマは少し黙り込み、遠くの空を見上げた。
「……私ね、地獄省で何年も働いてきた社畜なのよ。毎日毎日、流れてくる魂を裁くだけ。決められた机、決められた仕事。地下一階の薄暗い執務室から出たことなかったの」
その告白に、俺は少し驚いた。てっきり威張っているだけのポンコツ神かと思っていたが、彼女なりの苦労があったらしい。
「……だから、空を自由に飛べる蜂に憧れたの。地下の閉じ込められた感のある生活が、心底嫌だった。蟻は地中……地下で働くでしょ? だから、コーセーには空を飛んでほしかったのよ。私の代わりに、自由にね」
エマの声は、いつもの威張り腐った口調ではなく、穏やかで少し切なげだった。
「……なるほどな。だから、俺に飛翔スキルを取らせたのか」
「ええ。あなたの本来の目的は『親孝行』だけど、その過程で、空の広さとか、自由を感じてほしかったのよ。……まあ、結局私も一緒に落ちて、まだ下手すぎて一緒に飛べないんだけどね。クスクス」
エマは自嘲気味に笑った。その姿を見て、俺は少しだけ、この理不尽な相棒への見方が変わった気がした。
「そっか。じゃあ、まずは俺が空を飛んで、美味い蜜をいっぱい集めてやるよ。それが最初の仕事だ」
「ええ、頼んだわよ、コーセー」
俺たちは、空を見上げた。俺はピンクの蜂として、エマは飛べない女王蜂として。ヤスオは「俺は酒さえあれば」と笑っている。




