第3部 前編 俺が、俺こそが!勇者だ!
俺は、聖国に生まれた。
正式には、
とある宗教を国教とする聖国の上級神官の子だ。
生まれながらにして、地位はあり、学びの場は用意され、
神の言葉は、呼吸と同じくらい身近にあった。
そして――チートも、あった。
神聖魔法の適性は極めて高く、
祈りは形を成し、言葉は奇跡に変わる。
周囲は言った。
「これは祝福だ」
「神に選ばれた子だ」
俺自身も、そう思っていた。
⸻
成長するにつれ、俺は教義を学んだ。
この世界には秩序があり、
秩序を壊す存在があり、
それを正す者が必要だと。
人族が中心で、
神の教えが正しく、
魔族は異端であり、脅威である。
疑ったことはなかった。
疑う理由が、なかった。
⸻
ある日、神殿に衝撃的な報が届いた。
人間の国が、魔王によって滅ぼされた。
国境ごと消え、
王都は跡形もなく、
国民は一人残らず死んだという。
伝令の声は震えていた。
周囲の神官たちは沈黙し、
やがて誰かが言った。
「……ついに現れたか」
魔王。
教義の中で語られる、
秩序を破壊する存在。
神に仇なす者。
その瞬間、胸の奥が熱くなった。
――ああ、これだ。
⸻
俺は思った。
これが、主人公たる自分の使命なのだと。
チートを持って生まれ、
恵まれた環境で育ち、
神に愛された存在として生きてきた。
すべては、この日のためだったのではないか。
魔王を討ち、
世界を正しい形に戻す。
それこそが、
俺が生まれた意味だと。
⸻
父である上級神官に進言した。
魔王討伐隊を組織すべきだ、と。
父は、しばらく黙って俺を見ていた。
その視線には、
誇りと、
そして――わずかな躊躇が混じっていた。
だが最終的に、父は頷いた。
「神は、試練を与え給う」
「ならば、お前がそれを受けるのも、定めなのだろう」
その言葉で、俺は完全に決意した。
⸻
仲間は、すぐに集まった。
聖騎士団の若き精鋭。
回復と補助に長けた神官。
異端研究を専門とする魔術師。
誰もが、魔王を倒すという目的に疑いを持っていない。
人族の国を滅ぼした存在。
民を皆殺しにした災厄。
討たれて当然だ。
そう、全員が思っていた。
俺も含めて。
⸻
出立の前夜、祈りを捧げた。
神に、勝利を。
神に、導きを。
神に、俺たちの正しさを。
祈りは、確かに届いた。
奇跡のような静けさが、神殿を包んだ。
――その時は、そう信じていた。
⸻
俺はまだ知らなかった。
魔王が、
なぜ生まれ、
なぜそこに立ち、
なぜ滅ぼしたのか。
知らないままでも、
剣は振れる。
知らないままでも、
正義は名乗れる。
だから俺は、疑わなかった。
この戦いが、
「正しい物語」だと。




