記録に残らなかった序章 ――最初の転生者・貴族令嬢
私は、前世では普通のOLだった。
特別な才能も、強い意志もなく、
ただ働いて、疲れて、眠るだけの人生。
気がついたら、
どこかの高位貴族の子として生まれていた。
チートは、ない。
あるのは前世の記憶と、
子どもの体に入った大人の意識だけ。
それは、武器にはならなかった。
ただ、世界を少しだけ早く理解してしまう呪いだった。
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私には幼なじみが二人いた。
一人は、王太子。
生まれた時から隣にいて、
当然のように婚約者になる存在。
もう一人は――
魔族の男の子。
どうして彼がここにいたのか、
なぜ私たちが出会えたのか、
詳しいことは知らない。
ただ、彼はとても寂しそうだった。
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魔族の男の子は、親の愛に飢えていた。
だから私は、彼を可愛がった。
前世の感覚で言えば、
年の離れた弟みたいなものだった。
彼はよく私に懐き、
私が笑うと安心した顔をした。
それだけの関係。
そこに恋も、野心も、
世界を変える意志もなかった。
――ただ、優しくしただけ。
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やがて、魔族の男の子は国に帰っていった。
別れは静かだった。
また会えるかどうかも分からないまま、
彼は去っていった。
その少し後、
私は正式に王太子の婚約者となった。
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王太子は、誰にでも愛されていた。
人望があり、
明るく、
周囲を惹きつける才能があった。
だから――
私のことは、疎ましかったのだと思う。
私が悪いことをしたわけではない。
ただ、
「最初から決まっていた存在」
であることが、
彼には重かった。
私は、愛されていなかった。
それだけだ。
⸻
ある日の式典で、
王太子は私の知らない女性を指して言った。
「彼女が、私の婚約者だ」
周囲がざわめき、
誰かが息を呑んだ。
そして、私との婚約は破棄された。
理由は語られなかった。
語る必要も、なかったのだろう。
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その場で、
私は泣かなかった。
大人だったから。
前世の感覚で言えば、
これは理不尽でも、珍しくない。
ただ一つ、思った。
――ああ、世界は動くんだな。
私の気持ちとは関係なく。
誰かの選択一つで。
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その後のことは、
歴史に残っている。
魔族が動き、
王が動き、
国が滅び、
正義が連鎖した。
でも、
その始まりにいた私は、
どこにも名前を残していない。
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私は、英雄ではなかった。
悪女でもなかった。
世界を動かす意思もなかった。
ただ、
優しくした。
信じていた。
婚約を破棄された。
それだけ。
貴族令嬢の保有チート
なし




