第1部 前編 真面目に生きた貴族の領地は、王家の勝手な婚約破棄で滅びました
俺は人間の貴族に転生した。
しかも、いわゆるチート付きで。
前世の記憶を持ったまま生まれ、魔力適性は高く、理解力も異常に良く、剣も魔法も覚えが早かった。物語で言えば、努力すれば何でもできる側の存在だ。
幼少期は、正直に言えば調子に乗っていた。
剣術指南役を打ち負かし、宮廷魔術師を唖然とさせ、周囲からは「神童」「麒麟児」と持ち上げられた。貴族社会においてそれは快感だったし、前世で何者でもなかった俺にとっては心地よい立場だった。
だが――十五の時、気づいた。
この世界は、俺が無双して終わる舞台ではない。
魔物は無限に湧く。隣国は常に機会を窺っている。王権は絶対ではなく、貴族同士の力関係は常に流動的だ。そして何より、俺一人がどれだけ強くても、領地は俺が剣を振らない間にも動き続ける。
戦場で英雄になっても、畑は勝手に実らない。
兵を率いて名を上げても、税は自動で集まらない。
領地は「運営」しなければ滅ぶ。
それを理解した十五の冬、俺は方針を変えた。
武を捨てたわけではない。だが、最優先を「領地経営」に置いた。農業改革、治水、街道整備、徴税の透明化。商人との取引条件を整理し、過剰な搾取を禁じ、長期的に人が定着する土地を目指した。
派手さはないが、確実に成果は出ていた。
人口は増え、税収は安定し、治安も良かった。少なくとも、俺の領地は「辺境としては上出来」だったと思う。
――だから油断した。
王都からの呼び出しが来た時も、深く考えなかった。
内容は形式的なものだった。王城で行われる式典への参加、そして数件の貴族会議。断る理由はなく、領地も安定している。数週間、留守にしても問題はない。
そう判断した。
それが間違いだった。
王城に滞在して数日後、騒動は起きた。
王太子が、婚約者である貴族令嬢との婚約を破棄したのだ。理由は曖昧で、愛だの真実だのといった、聞き慣れた言葉が並べられていた。
正直、興味はなかった。
王家の内輪揉めなど、辺境貴族には関係ない。そう思っていた。
だが、問題はその後だった。
婚約を破棄された令嬢は、政治的にも立場を失い、王都に居場所をなくした。そして――なぜか魔族に保護された。
詳細は後になって知ったが、魔族側はその令嬢を「不当に扱われた存在」として庇護し、さらに王都の判断を「人族の慢心」と受け取ったらしい。
魔族の王は動いた。
感情ではなく、忖度と政治判断で。
「王太子が切り捨てた令嬢を守る」
それは、魔族にとって人族に対する一種の示威行為であり、同時に内部向けの正当性の提示でもあった。
侵攻先に選ばれたのが、俺の領地だった。
理由は単純だ。
王都から遠い。
軍事的に突出していない。
だが、経済的にはそこそこ豊か。
――潰しても、大きな反撃は来ない。
王城にいた俺は、その報せを「最後」に聞いた。
伝令は途中で途絶え、次に届いた情報は、避難してきた商人からだった。
俺の領地は、滅んだ。
防衛線は短期間で突破され、都市部は焼かれ、農村は蹂躙された。領民は逃げるか、捕らえられるか、あるいは――。
俺が到着した時、そこにあったのは、かつて俺が整備した街道と、黒く焦げた廃墟だった。
英雄でも、無双でもなかった。
ただ、留守にしていただけだ。
それだけで、全ては失われた。




