17 華燭の典と葬送の儀(5)
正午前に婚姻の儀を終え、乾陽大公夫人となったミレイナは、披露宴会場である大広間の、中央最奥の高台の席から、会場を見渡した。彼女は、吉祥玄武唐草紋様の浮出織、純白の長衫を四枚重ねた上に、赤地に金糸で陰陽の玄武と蓮華紋様織の生地に、玄武紋に囲まれた乾家の紋を刺繍した袍という玄武の花嫁装束に、リーユエンがハオズィの商会から取り寄せた、蜘蛛織の霞のように極薄の、黄金に輝くヴェールで全身を覆っていた。
ミレイナは、とても疲れていた。疲れの原因は、挙式の準備や当日の緊張ではなく、陰玄武の存在だった。高祖から、陰玄武のことを聞かされていたけれど、この日、招待客として現れた四人の陰玄武の、荘重重厚な気配に圧倒されたためだった。
もちろん、ミレイナは、巽陰大公カーリヤとは何度も会っているから、陰玄武をまったく知らないわけではなかった。けれど、カーリヤはもう長老格であり、相手に合わせて、自身の気配を抑えることに長けていた。だから、法力の凄まじい気配がそのままの、陰玄武に出会ったのは初めてだった。夜の闇そのもの、夜空を煌々と照らし出す月光、重苦しい冷厳無情の陰の気に圧倒されたのだ。その上、今日は八大公とそのお付きの者たちが勢揃いし、それぞれの家同士、微妙な力関係にあるため、そこかしこで、家同士、互いに相手を凌駕しようとする気配が、離れていても伝わってくる。何だかそれだけで気疲れした。
一方、陽玄武の気配も陰玄武に劣らなかったが、ただ、この会場では、高祖と法座主の気配が、陽玄武の気配としては突出し、天上で燃え盛る日輪のように他を圧倒しているため、他の陽玄武の気配などすっかり霞んでいた。
(なるほど、リーユエンが、来たがらないのは当然ね。この気配だけで、ただの凡人なら呪殺されかねないわ)などと、ミレイナがぼんやり考えていると、新郎のダルディンが
「ミレイナ、大丈夫か?疲れただろう」と、声をかけてくれた。
ミレイナは、ヴェール越しに微笑んで、
「いいえ、疲れてはおりません。大丈夫です」と、返事をした。それから、声を小さくして、
「リーユエンが出席してくれなかったのは、残念だけれど、これでは来たがらないはずよね」と、ささやいた。ダルディンは苦笑いし、
「そうだな、今頃は金杖王国へ向かっているはずだ」とささやき返した。
「ええっ、彼女、そんなに遠くへ何をしに行くの?」
「陰護衛のヨークの亡骸を金杖王国へ送りにいき、尸蟲を生み付けられたものが他にいないか、調査も行うそうだ。ヨーダム太師と他の魔導士たちと一緒に国を出たんだよ」と、そこまで言うとダルディンは、離陰大公が高台へ近寄ってくるのに、気がつき、
「しっ、離陰大公がやって来る。彼女の前では、リーユエンのことは話題にしないでくれ」と、ミレイナへ耳打ちした。
離陰大公は、萌葱色の衫に、若草色の裙、ほとんど黒に見える深緑の袍、その衣装すべて金糸の玄武唐草紋に囲まれた離家の小紋入り姿で現れた。彼女は、背が高く、骨ばった体型が多い玄武には珍しく、柳腰のすっきりした体型で、顔立ちも一見優しげに見えた。けれど、やはり頬骨は高く、眉は繊細な弧を描き、目は切れ長の鳳眼で、鼻筋は細く通り、唇も薄く、玄武らしい酷薄冷淡な人相に見えた。髪は、カーリヤより遥かに若い二千歳余のためか、まだ黒黒として、それを頭上に高々と結い上げ、翡翠を嵌め込んだ金の髪飾からは、長い瓔珞が繊細に揺れていた。二人の前まで、高台を上がってきた離陰大公は、揖礼し、
「乾陽大公、ミレイナ殿下、このたびはおめでとうございます」と、簡潔に慶賀を述べた。それに応じて、ダルディンは、ミレイナとともに起立して拝礼し、
「離陰大公殿下、お言葉を賜り、恐れ多いことでございます」と、返した。
離陰大公は微笑みを浮かべ、ミレイナを見て、
「本当に初々しいお方でいらっしゃる。このような方を妻に迎える乾陽大公は果報者ですね。一時は、道に迷われ、畜生道に堕ちられたのかと案じられましたが、これからは修養を積まれ、陰陽一対の玄武となるべく、精進なさってくださいまし」と、穏やかな口調で言った。
ダルディンは、その言葉の中に強烈な当て擦りが含まれていることに気がついたが、眉一筋動かすことなく、鷹揚な態度を貫いた。けれど、ミレイナは動揺し、表情が強張り、笑みが消えてしまった。その反応を見た離陰大公の薄い唇が、三日月のように吊り上がり、眸が縦長に細まった。
「乾陽大公夫人、お気をつけあそばせ。この国には、陽玄武でさえ、手玉にとる魔女がいるのです。穢らわしい魔女に、夫の心が絡め取られることがないよう、決して油断してはなりませぬぞ」と、いかにも忠言らしくささやいた。




