16 喪失(6)
「玄武の男は、齢千年を越え、法力を蓄えるようになると、不思議なことに、玄武の女にあまり魅力を感じなくなるのだ。皆が皆、そうなのだ。私は、政略上、止むを得ず千年を越えた後も、数度妻を迎えたが、実際のところ、千年前の最初の妻を一番慕わしく懐かしく思い出す。千年を越えた後の妻は、妻たちには気の毒だが、あまり情を持てなかったのだ。そして、さらに困ったことに、玄武以外のものに惹かれやすくなるのだ。まあ、おまえは齢五百年ですでに、リーユエンに惹かれてしまっているのだから、このような忠告はもう役に立たないだろう」と、話した。
ダルディンは、忠告なのか、ただの惚気なのかわからない話に、どう反応したらいいのか見当もつかず、ただ黙っていた。高祖は、続けて
「だが、リーユエンは特別だ。あのような凡人は、私の長い人生でも出会ったのは初めてだ。おまえの伯父のドルチェンが、執着するのも無理もないことだ。リーユエンは、大公家の連中によく思われていないが、あの女なら、陽玄武なら執着するのは仕方のないことだ。私も、リーユエンだから、ドルチェンと分け合うことを了承したのだ。そこまで譲ってでも、あの女は手に入れたい存在なのだ」と、言った。
ダルディンは、もう自分は降りたのだからと自分自身に言い聞かせ、高祖の話にただうなずいた。高祖は、
「おまえも、千年を越えるまでは、ミレイナと仲睦まじく暮らすがよい。
まったく玄武の人生は、長く険しい道のりだ。最初の百年は、山河に暮らす、ただの無力な亀にすぎず、海岸の砂ほどの数の亀の中から、ほんの一匹、二匹が玄武となり、人となるものが現れるのだ。そして千年を生き抜いて、初めて法力を蓄える陰陽の玄武となるのだ。千年を越え、陽の玄武となって初めて、真の大公といえるのだぞ。いずれにせよ、おまえとミレイナは、出自も申し分なく、生来強い法力が備わっているのだから、千年を越えて法力を蓄える陰陽一対の玄武となることは間違いないだろうが、それはまだまだ先の話だ。それまで、せいぜい修養に励むことだ」と、続けて
「挙式を行うのなら、私も出席しよう。ミレイナの後ろ盾が、東海大帝であることを明らかにし、ミレイナは、玄武の国において、最も出自正しい高貴な玄武であることを皆に示し、おまえの立場を確固たるものとしてやろう」と、言った。
始原の玄武と云われる東海大帝自ら、後ろ盾になろうと言い出すとは、ダルディンは、そんなことは予想するどころか、期待すらしていなかった。天上の神にも等しい伝説の存在であり、もはやこの世の出来事になどさして興味もない、至高の存在である大帝が、可愛い昆孫のためとはいえ、ここまで積極的に俗事に関わろうとするのは、やはりリーユエンの存在が大きいのだとしか思えなかった。
感激したダルディンは椅子から立ち上がると、高祖へ跪拝し
「有難きお言葉を賜り、お礼の申し上げようもございません」と、心から言った。この時初めて、ダルディンは、カーリヤが伝えたかった真意を理解し、リーユエンに深く感謝したのだった。
乾陽大公ダルディンと、東海大帝の昆孫、東海蜃市の王女ミレイナの婚約は、数日後、玄武国において正式に発表され、半月後の吉日に、華燭の典を挙げることが決定された。
最近、陰惨な事件が多く、沈んだ雰囲気にあったプドラン宮殿を中心とする都は、久しぶりの慶事に、明るい雰囲気に包まれた。
ミレイナは、離宮に招かれ滞在し、しばらくの間、明妃に仕える侍女頭のウラナや、離宮をたまに訪れる巽陰大公カーリヤから、玄武国の大公夫人に相応しい礼儀作法を習い、他にも魔導士学院から派遣された魔導士から、歴史や地理などさまざまな講義を受けて忙しく過ごした。
そんなある日、忙しい合間に休憩を入れてお茶を飲むことにした王女は、ウラナへ声をかけ
「ウラナ、私は離宮に来てから、リーユエンに一度も会っていないのだけれど、彼女は明妃なんでしょう?どうしてここにいないの?」と、気になっていたことを尋ねた。
その質問をいつか受けるだろうと覚悟していたウラナではあったが、さて、どう答えたものかと、お茶の給仕をしつつ思案した。




