16 喪失(2)
法座主の命令を正しく理解した大公たちはうなだれ、ため息を呑み込んだ。瑜伽業以外で、あの真っ暗闇の陰鬱な岩戸の前で、たった一人で真言を唱え続けるのは、玄武といえども耐え難い苦行であった。残された大公たちは、皆、内心ではドルーアの愚挙を恨み、また、彼女を愚挙へ走らせることになった法座主の無情さにやりきれない思いであった。
巽陰大公であるカーリヤは、そのような他の大公たちの気分を敏感に感じ取り、長老格として考え違いをするなと諌めようとしたが、それより先に離陰大公が口を開いた。
「ドルーアはバカな玄武だ。あのような穢らわしい凡人の女と張り合って身を滅ぼし、そのうえ、我々にまで尻拭いをさせて迷惑をかけるとは、兌陰大公もよい孫娘を持ったものだ」
それに対して坤陰大公が「ドルーアはもう死んでいるのだ。それを鞭打つような事をいうのはー」と、諌めかけると、離陰大公は柳眉を逆立て
「死んでいる?あれが死んだ状態といえるのかっ、あんな状態になるまで執着をもつなんて、ドルーアは修行が足りなかったのだ。兌陰大公の教導が悪かったのだ」と、激しい口調で言い、「猊下も、猊下だ。ドルーアがあのような状況に陥るまでに、何か、言葉のひとつでもかけてやれば、あの娘も救われたかもしれないのに・・・凡人に心を奪われて、猊下はあまりにも無情すぎる」と、そう言いながら、何と離陰大公は泣いていた。皆、それに気がつき、言葉を失った。数少ない玄武のひとりが、魔境に堕ちてしまったことは、離陰大公には、たとえそれが、自分の一族ではない、他家の、昔からの問題児であったとしても、大きな悲しみであったのだ。
巽陰大公は、離陰大公の肩を抱き
「猊下を責めてもしようがないだろう。もう一千年も前から、妻と決めた女に囚われ続けているのだから、ドルーアはそれを承知していながら、それでも自身の思いを断ちきれなかったのだ」
と、話しかけた。けれど、離陰大公は、巽陰大公へ、
「そうだね、千年前からたった一人の女を愛し続ける猊下は大した男だ。けれど、あの女の方はどうなんだ?、次から次へと相手を取っ替え引っ替え、猊下の顔に泥を塗り、蔑ろにするような真似ばかり、そこの乾陽大公だって、あの女に誑かされたんだろう?猊下があの女に執着するのは、ご自由にすればよい。けれど、どうして我々が、そんな痴情のもつれに巻き込まれなければならないのだ」と、食ってかかった。
ダルディンは、自分が引き合いに出されたうえに、リーユエンのことまで悪様に言われ、何か言い返してやりたいのだが、実際に関係したという事実が重くのしかかり、一言も言い返せなかった。
巽陰大公は、重いため息を吐いた。
「とにかく、いろいろ思うところはあるだろうが、ドルーアをあのままの状態にしておくわけにはいかないだろう。浄化は我々の勤めだ。納得いかないのは仕方ないけれど、ルーデラや、この通りだ、私に免じて、協力しておくれ」
巽陰大公は、離陰大公へ頭を下げた。長老格のカーリヤから頭を下げられては、もう離陰大公もそれ以上、言葉を重ねることはできかね、黙って引き下がった。
リーユエンが目覚めたのは、三日後だった。目覚めた時、ヨーダム太師の東塔最上階のすぐ下にある私室で寝ていることに気がついた。宮殿の外にある塔は、厳冬の寒さに直接さらされる。上体を起こして、毛布から出ただけで、芯まで冷えて身震いした。その気配に気づき、「目が覚めたのか」と、ドルチェンが、声をかけた。
「猊下・・・」
ドルチェンは窓辺に立ち、外の吹雪を眺めていたが、振り返ると、薄緑色の目でリーユエンを見下ろした。そして、寝台の傍へ近寄ると、リーユエンへ、リボンを巻いて封蝋した文書を渡した。
「明妃の復位書だ。復位式は後日改めて行う、とりあえず、布告を先に出した。もう、あなたは明妃へ戻ったのだ」
当然受け取るものと思い差し出した文書に、リーユエンは興味を示さず、また毛布を被って寝てしまった。ドルチェンは、文書を脇机におくと、
「三日も寝ていたのだから、もう起きたらどうなのだ」と、話しかけた。
けれどリーユエンは毛布の中に隠れたまま、
「私はまだ起きたくありません。帰ってください」と不機嫌な声で言った。




