15 魔境の刺客(6)
リーユエンの言葉に、高祖は、天蓋の中いっぱいに広がる赤黒い霧を見た。
「なるほど、毒霧か。確かにそれは厄介だな。では、どうする?」
高祖の問いかけに、リーユエンはドルチェンを見上げた。
「猊下、畳地二点連結法を行います。手伝っていただけますか?」
リーユエンの問いかけに、ドルチェンは薄緑色の目を細めた。
「それは、構わぬが、どこへ移すつもりだ?」
「猊下が閉関されておられた洞穴へ、移します」
リーユエンの答えに、ドルチェンは、驚いた。
「あの洞穴か・・・封じ込めるのか」
「ドルーアとともに、洞穴の前まで移動し、彼女を中へ入れて閉じ込めていただきたいのです」
それを聞くなり巽陰大公が顔色を変え、リーユエンへ
「そんな危険な真似を猊下にさせるなんて、無茶だよ」と、詰め寄った。
リーユエンは、ドルチェンと巽陰大公を見て、
「ドルーアが殺したがっているのは、明妃であって、猊下ではありません。あの洞穴は、猊下が閉関していらっしゃったので、猊下の気配が残っています。それを猊下だと思わせれば、おそらく自ら入っていくでしょう」と、冷静な口調で言った。
一千年余前、若かったドルーアは、ドルチェンに熱を上げ、後を追いかけ回していた。そのことを思い出した巽陰大公は、リーユエンの言葉に一理あることに気がつき、その計画に乗り気になった。一方、話を聞いていた高祖は、リーユエンへ近寄り、
「畳地連結を行うには、あの金剛壁の天蓋を一旦解除せねばならないぞ。毒霧が一気に吹きかかってくる。その中で術が使えるのか?」と、尋ねた。
ドルチェンもうなずき、
「この方法は、あまりに危険だ。あなたの命に関わる。他の方法を考えるべきだ」と、言った。しかしリーユエンは、首を振り、
「ドルーアは、強大な妖力をぶつけ続けています。あの状態では、ヨーダム太師でも、あと持たせて半時間です。天蓋が崩壊したら、毒霧は一気に広がるでしょう。だから、天蓋を解除した瞬間に、すぐ連結します。乾陽大公殿下、あの時と同じように私へ向けて法力を撃っていただけますか?」と、リーユエンは、ダルディンを見た。ダルディンは、
「それは構わないが、毒霧はどうする?」と、リーユエンを見て尋ねた。
腐食性の高い毒霧を浴びたら、無事では済まない。リーユエンが考え込むと、巽陰大公が、
「我々大公の法力で、上昇気流を作り出し、天蓋を解除した瞬間に、毒霧を一気に上空へ押し上げ、そのまま法力の結界に封じ込めよう」と言い、その場にいる坤、坎、離、艮の大公たちを見回し、
「魔境に堕ちた玄武は、我々玄武大公が始末をつけるべき相手なのだ。毒霧が、玄武の国の民に害をなさないよう、我々の法力を結集させ、封じ込めるのだ」と、言い聞かせた。
他の大公は、長老の彼女から正論を言われては、異議を唱えられるはずもなく、その指示に従い、それぞれ金剛壁の天蓋を取り囲み、陣形を整えた。
リーユエンは、ドルチェンへ
「猊下、天蓋の正面にお立ちください。ドルーアが猊下に気がつき、注意が逸れましたら、私が背後から直ちに天蓋を解除し、畳地二点連結を行います」と言い、次に後ろを振り向くと、高祖へ、
「万が一のときのために、後詰をお願いいたします」と、一礼し頼んだ。
高祖はうなずき、「わかった。何かあれば、毒霧が城下内に広がらぬよう私が力を尽くそう」と応えた。
ドルチェンが天蓋の前へ歩き出した。リーユエンはドルチェンの巨体の背後に隠れて、一緒に接近した。ドルチェンは、天蓋の間近で立ち止まった。
天蓋の中、禍々しい赤黒い渦を巻く霧の中に、溶岩のように輝く赤い二対の目が見えた。
「ドルチェン?ドルチェンなの?」
嗄れた声が聞こえ、霧が破れて、燐光を帯びる溶け崩れた肉の中から、嘴と頭蓋骨が剥き出しとなった頭部が現れた。ドルーアは、天蓋の金剛壁の際まで接近して、懸命に外のドルチェンを見ようと、鎌首を持ち上げて動かした。その首からも、皮膚と肉が溶け崩れ、、ボタボタと地面へ落下した。
リーユエンは、ドルチェンの背後から、ドルーアの様子を見極め、手を挙げて合図した。大公たちが真言を唱え、強力な上昇気流を発生させた。ヨーダム太師は、大公たちの新たな真言が始まったのを合図に、金剛壁の真言を中断した。金剛壁が消滅し、天蓋が解除された。中に充満していた毒霧は、一気に雪崩れ落ち、地を這って広がろうとしたが、上昇気流に捕まり、空へ急上昇した。




