15 魔境の刺客(5)
一方、正門では、
門衛を凍りつかせ、侵入したドルーアに気がついた禁軍の兵士が五人、彼女を取り囲み、行手を阻んだ。しかし、ドルーアは、口を大きく開け毒霧を吐きかけた。赤黒い霧があたりに広がり、霧が体に触れただけで、皮膚が腐食し始め、兵士は地面を転がりまわって苦しんだ。遠くから、それを目撃した兵士は、赤い霧が危険だと気がつき、霧の外側を遠巻きに取り囲むことしかできなかった。そこへ、空から、黒いフード付きマントをまとった、長身の若い魔導士が降下してきた。
「魔導士、あの女、妙な霧を吐き出して、あれに触れたものは皮膚が焼け爛れた。何とか止めてくれ」と、兵士のひとりが叫んだ。
魔導士は、無言で頷くと、六尺棒に乗ったまま、女の周囲を右回りに旋回し始めた。そして、
「ヴァシュラ、イシュヴァラ、シャクティ 天蓋を成せ、ヴァシュラ、イシュヴァラ、シャクティ、天蓋を成せ、よって、魔物を閉じ込めよ」と、真言を低い声で唱え始めた。すると、女の周囲直径三尺のの円周上に金色の光る壁が現れ、それは半球の天蓋となって女を閉じ込めた。
金剛の天蓋が完成すると、魔導士は天蓋の正面に結跏趺坐し、真言を唱え続けた。
天蓋の中に閉じ込められたドルーアは、怒り狂った。天蓋の前で真言を唱える魔導士が、あのリーユエンだと気がついたのだ。
「奴婢風情が、私に盾突き閉じ込めるとは、許せないっ、おまえを殺すっ」と、絶叫し、金色に光る金剛壁の結界へ、体当たりし始めた。凄まじい大音響が轟き、地面が激しく揺れた。
兵士のひとりが指差し、「見ろっ、女が崩れていく」と、叫んだ。
そうだっ、この時、女官の体は燃え尽きた蝋燭のようにドロドロと崩れ去り、そこに見たこともない禍々しい魔物が現れた。
「何だ、あれは、玄武?違う。甲羅がひび割れて、何か蠢いているぞ」
「体が、不気味に光っている。それに泥のようなものが吹き出しているぞ」
肝の据わった兵士ですら、震え上がる恐ろしい光景だった。
ドルーアは毒薬を自ら体内へ取り入れたため、絶えず腐食作用が起き、腐った血液が体から漏れ出し噴出し続けていた。その血液は金剛壁の天蓋へもぶつかり、赤黒く染めあげた。けれど、リーユエンは何事にも動じることなく、ひたすら精神集中して真言を唱え続けた。
「魔導士、がんばってくれ、結界を保たせてくれ」と、兵士たちは、リーユエンを懸命に応援した。その時、空からもう一人、長身の魔導士が降下してきた。フードの下の炯々と光る灰色の目が見え、兵士たちは、
「太師だ、ヨーダム太師がおいでになった」と、喜んだ。
太師は、若い魔導士の真横へ降り立ち、すぐさま結跏趺坐し、
「リーユエン、わしが真言を変わる。猊下と大帝がこちらへ来るから、対策を練ってくれ」と言い、真言を唱え始めた。リーユエンは立ち上がり、本殿の方へ歩き出した。
自分の前から立ち去ろうとするリーユエンの姿に、ドルーアは激昂した。
「リーユエン、逃さぬぞっ」と、絶叫し、妖力の圧をさらに高めた。金剛壁が激しく光り、稲妻が走り、鳴動したが、それでもヨーダム太師の力で崩壊は免れた。しかし、金剛壁の鳴動で、衝撃波が発生し突風が起こり、それがリーユエンのフードを跳ね上げた。白金の髪が風に巻き上げられ、輝く紫眸と厳しい表情を浮かべる端正な顔が露わとなり、兵士たちはその美しさに瞠目した。
そこへ宮殿の中からドルチェンと高祖、玄武大公たちが現れた。ドルチェンは、天蓋の中へ鋭い視線を向け、
「やはりあれはドルーアか」と、つぶやいた。
リーユエンは、猊下と高祖の前へ進み揖礼すると、
「天蓋の中へ閉じ込めましたが、凄まじい妖力で長くは保てません」と、報告した。 すると、高祖がその手に大剣を現出させた。それは四尺三寸の破邪の大太刀、蒼海剣、三界の大戦で数え切れぬほどの妖魔を屠り去った名刀だった。
「これで、あいつを切ってしまおう」と、高祖は青味がかった翡翠の目を冷たく光らせ言った。けれどリーユエンは、首を振った。
「それはなりませぬ」
高祖は、眉をしかめ、リーユエンを睨み「なぜだ?」と、問うた。彼女は、
「解毒薬のない猛毒を、どうやら体の中へ自ら取り込んでいるようです。あの赤い霧はその毒素が含まれ、触れたものを腐食させます。切ってしまえば、体内の毒素が爆発的に周囲へ広がり、被害は計り知れません」と、理由を言った。




