15 魔境の刺客(4)
ただならぬ事態だと感じたウラナは、ただちに命令を実行しようとした。ところが、彼女が外へ出ると、異常を感知した高祖と猊下が、すでに空から下りてくるところだった。彼女はドルチェンへ駆け寄り、
「明妃が禁軍を正門の守備へつけるようにとー」と、話しかけると、
「すでに手配はすませた」と、厳しい面持ちで法座主は応えた。
ウラナが出ていくや、リーユエンは衣を脱ぎ捨て、魔導士服へ着替え外套を羽織ると、庭へ出てきた。ウラナは、その姿を指差し、復位の式典を控えているのにそんな格好でと思い抗議しかけたが、リーユエンの非常に厳しい表情に言葉を呑み込んだ。
「高祖さま、猊下、何か禍々しい気配が正門のあたりに・・・」
リーユエンの言葉に、ドルチェンがうなずき、
「わしもその気配は感じた。あれは、おそらくドルーアだと思う」と、言った。
リーユエンは、驚き、目を見開き、
「ドルーアって、あのドルーアですか?前に私に一服盛った、意地悪な玄武の?」と、猊下を見上げた。ドルチェンは
「気配が変質して、ひどく禍々しいものになっているが、彼女の名残がある。何があったのかは分からないが、もう、玄武とも呼べない状態だ」と、言った。
リーユエンは、六尺棒を現出させ、それに飛び乗ると、上昇しながら、
「様子を見てきます。それから、太師を連れてきます。本殿の方でお待ちください」と、叫んだ。
リーユエンが飛び去ると、ドルチェンは高祖とともに、本殿の執務室へ移動した。そこへ大公たちが集まってきた。
朝に命令したことが、実行されていないことに気がついた巽陰大公は、その場に、レムジンを呼びつけ、
「ドルーアを捕縛せよと命じたのに、たった今、正門あたりで騒ぎを起こしているそうではないか。レムジンッ、一体どういうことだっ」と、恐ろしい剣幕で怒鳴りつけた。
長老格の玄武の怒声に、レムジンは真っ青になったが、今朝、あいつを確かにこの手で始末したはずなのにと、疑問に思ったまま、
「恐れながら、本当にドルーアなのでしょうか」と、尋ねた。
すると、巽陰大公の横にいた法座主が、
「あの気配、変わり果ててはいたが、間違いなくドルーアのものだ」と、言った。そして、法座主の薄緑色の目が、レムジンをとらえた。薄緑の中、闇色の瞳孔が縦長に狭まった。ドルチェンは、レムジンの微妙な表情の変化に気がつき、
「何か知っておるのだな」と言い、いきなりその額を片手でつかんだ。レムジンの意識へ、強大な法力が入り込み、その最も新しい記憶を探り出すや、彼は
「伯母上、この者は今朝、口封じのためにドルーアを殺したのだ。それに、あの女、解毒薬のない腐食性の毒薬を所持しているぞ」と、記憶の内容を巽陰大公へ伝えた。巽陰大公の目はほとんど金色に変わり、レムジンを睨みつけ、
「貴様、裏切ったな」と叫び、法力をレムジンへ叩きつけた。
「ぎゃあぁぁぁー」
レムジンは、鎖骨から血と炎を噴き上げ絶叫した。人型の姿が消え、甲羅が破れてひっくり返り、焼け焦げた腹側を見せて手足をばたつかせる、玄武へと転じた。
「こやつを地下牢へ閉じ込めておけ」と、巽陰大公が内官へ命じた。
甲羅を破られたレムジンを運びだそうとした時、扉の外から、足音がし、扉が開け放たれるや、禁軍兵士が飛び込んできて、
「報告します。正門付近で、妖魔が暴れております。取り押さえに向かった禁軍兵士は、赤い霧のようなものを吹きつけられ、体中が焼け爛れました。今、包囲しておりますが、誰も近寄れない状態です」と、叫んだ。そして、一旦息継ぎすると、「若い魔導士が陣を張って、妖魔を封じ込めていますが、いつまで持つか分からない状態です」と、続けた。
ドルチェンは、「いかん、リーユエンがひとりで防いでいるのだ。早く、行かねば」と、扉の外へ飛び出した。
「待て、ドルチェン、私も行く」と、高祖があとへ続いた。巽陰大公が、ほかの大公へ、
「私たちも早く行こう」と、声をかけ、外へ飛び出した。ダルディンは、
「若い魔導士ってリーユエンなのでしょうか」と、巽陰大公へ尋ねた。すると、「妖魔を相手に禁軍を守るほどの陣を張るなんて、ヨーダム太師級の魔導士でなきゃできないだろ。あの兵士は若い魔導士と言った。ヨーダム級の若手なら、あの子しかいないだろう」と、カーリヤは当然のように答え、「けれど、いくらリーユエンだって、そんな強力な陣をひとりで長い時間保たせるのは難しい。早く、助けにいこう」と、他の者たちを急きたてた。




