15 魔境の刺客(1)
復位の式典が明日に迫った夜、玄武の都、地下都市内の下町区域の一角で、食べ物を抱えた男が周囲を見回し、安全を確認すると廃屋の中へ忍び込んだ。その床下の板を四枚めくると、階段が現れ、男は階段を降りていった。蝋燭一本の頼りない明るさの中で、女が背を向け、ガラス瓶の中のものを一心不乱にみつめていた。女の前の古びて板が歪んだテーブルの上には、得体のしれない生き物の干物や、妙な匂いのする干草や根、まだ蠢いているミイラのような生き物、乳鉢や坩堝、蒸留器などが、無造作に散らかっていた。
「ドルーア、食べ物をもってきたぞ。それ、例の薬なのか?」と、男が声をかけた。その声に、ドルーアは振り向いた。何日も風呂にも入っていない、薄汚れた顔に、目だけが異様にギラギラと光っていた。
「ああ、できたとも。前よりもっと強力で、腐食性を最強にしてある」と、ガラス瓶をみつめ、うっとりとささやいた。男もその瓶の中の禍々しい透明の液体を見て、
「解毒薬はどこにあるんだ?」と、尋ねた。ドルーアは、糸のように細い目をさらに細めて不気味な笑みを浮かべ、
「そんなもの作ってないよ」と答えた。男は、仰天し、
「解毒薬なしなんて、危なすぎるだろう」と、抗議した。けれどドルーアは、
「あの奴隷女のために解毒薬など作るものかっ、この毒薬は、百倍に薄めても効果は変わらない。最初は、皮膚がただれ落ち、筋肉がすこしずつ腐っていく。その間中、痛みに苦しめられるのだ」と、ささやき、「一滴いや霧の一粒でも当たれば、もう助かる見込みはない」と続けた。
男は、食べ物を置くと、後退りし、
「そ、そうか、取り扱い要注意の毒薬なんだな。そいつの扱いは、あんたに任せるよ。明日の朝、女官服を持ってくるから、身綺麗にしておけよ。みっともない格好だと、式典会場へ潜り込む前に追い出されてしまうからな」と、言うと、階段を上がって逃げ出すように出ていった。
ドルーアへ食べ物を運んだ男が次に姿を現したのは、巽陰大公の屋敷の裏口の前だった。同じように周囲を確認すると、夜闇に紛れ、男は巽陰大公の屋敷の中へ姿を消した。
翌日、早朝、リーユエンは久しぶりに離宮を訪れた。
「ウラナ・・・」
まだ、復位も終わらぬ身で、どのように挨拶したものかと、魔導士服姿のリーユエンが悩んでいると、ウラナは素早く近寄り、普段と同じ揖礼をし、「お帰りなさいませ、殿下」と言った。
リーユエンは、ウラナへ微笑み、
「ありがとう。今日はよろしくお願いします」と応えた。すると、ウラナは、リーユエンの姿を上から下まで数回じっくり見回し、
「まずご入浴、お髪とお肌のお手入れ、それから、お衣装の胸回りと襟ぐりを直させましょう」と、言った。リーユエンは両手をヒラヒラ振り、
「胸は変形術で、元通りにするから、お直しなんか不要よ、いつもの格好でいいわよ」と、慌てて言った。ウラナは、こめかみの血管をピクつかせ、
「いいえ、せっかくそのような形のよい胸を披露なさらなくてどうなさいます。襟ぐりを胸元に似合うように手直しし、瓔珞もその美しい胸元に似合うものを至急ご用意いたします」と、有無を言わせぬ口調で言った。
(ウラナの独白)
お姿がさらに見目麗しくおなりになっても、やはりリーユエン様の中身は変わっておりません。せっかく女らしく立派になった胸を、また元通りにして隠すなんて、そんなもったいないことを私が許せるとでも思っておいでなのでしょうか。本当に、困ったお方です。とにかく、蓮花堂のムンガロに、朝一番に来るよう頼んでおいて正解でした。あの者なら、今のリーユエン様のお姿を見せさえすれば、大至急で仕上げ、瓔珞も似合うものを見立ててくれるでしょう。
玄武のご先祖様だかなんだか知りませんが、あの白金の髪のお方は、猊下と明妃の間に割り込んでこられて、本当に厚かましいお方だと腹が立ちましたが、お体の整形に関しては、まったく素晴らしい技のさえでございます。明妃殿下を、すっかり女にしてくださった大恩あるお方です。明妃殿下の愛を、猊下と分かち合うのも致し方ございません。




