14 玄武の話し合い(4)
几帳の中から微かに聞こえる嗚咽に、しばらく皆は沈黙した。巽陰大公の眉間に、一瞬翳りが見え、ナイナイは目をふせ、ウラナは声を殺して泣き出した。
突然、ドルチェンが立ち上がり、几帳の前に立った。そして、リーユエンへ
「あなたがした事を責めはしない。責めは、すべてわしが引き受ける。あなたの心が安らかであれば、それでよいのだ」と、そっと声をかけた。その声は、巽陰大公ですら涙ぐむほど、切なく優しく聞こえた。
法座主の答えを聞き終えた高祖は、あえて何も言及せず、
「では、これで決まりだな」と、宣言した。ところが、そこへ巽陰大公が「お待ちください」と、声をかけた。
「何だ、まだ何かあるのか?」と、尋ねる高祖へ、巽陰大公は
「リーユエンより、もう一つ条件をつけてほしいと言われております」と言った。
「何だ、申してみよ」
「今後、リーユエンと関係する凡人について、手出しは一切しないこと。リーユエンと関わる凡人の処断は、すべてリーユエン自身に任せること、これが、いま一つの条件でございます」
高祖は、巽陰大公を見て、
「凡人に手を出すなというのか。どうやって身を守るつもりだ」と、問うた。すると、天上から
「我が守るから大丈夫」と、声が響き、アスラが人形で飛び降りてきた。アスラは、ずっと隠れていたのだ。
高祖も、ドルチェンも、アスラを見た瞬間、思ったことは同じ
(そうだ、こいつこそ、ずっと付きまとっているしつこい奴なんだ)であった。
邪魔もの視するふたりの玄武を、アスラは睥睨し、
「リーユエンの命令なら、我は誰であろうと殺る。ソライも、蜘蛛野郎も、この間の尸蟲も、やっつけたのはこの我だ。我さえいれば、リーユエンに守護など必要ないんだ」と、牙をみせて威嚇した。しかし、アスラの言葉を完全に無視した巽陰大公が、
「条件は以上でございます。お差し支えなければ、これを文書にし、誓約の血署を入れていただきます」と言った。
文書がつくられ、血署が記され、話し合いは終わった。が、高祖は、口を尖らし、
「ここは玄武の国だから、契約通りなら、もう、リーユエンと会えなくなってしまう」と、つまらなそうに言った。それへ、帰ろうと立ち上がったドルチェンが、
「明妃位へ復位するまでは、会ってもらっても構わない。わしはもう多忙すぎて、当分会うこともできない」と、言い、それから几帳へ近寄り、幕をめくると、中をのぞき込み、
「リーユエン、復位式で会おう。まだ、あなたを狙う残党がいるので、注意しなさい」と、言うと、部屋から出ていった。
ダルディンは、話し合いが終わるや、脱力して放心状態となった。高祖と、口数は少ないが、凄まじい圧を放っていた伯父、ふたりの毒気に当てられたのだ。すると、巽陰大公が近づいてきて、耳元で、
「玄武の男は、歳がいけばいくほど、執着が増して厄介な性格になるのだ。おまえも、せいぜい気をつけることだ」と、ささやいた。
ダルディンは、げっそりし、あんな凄まじい玄武ふたりと付き合うリーユエンは大変だ、自分は早々にこの土俵から降りて正解だったと安堵した。
几帳の中では、リーユエンが衾を取払い、ごそごそと立ち上がった。彼女は、最初の日に着ていた魔導士服姿だった。几帳をめくって入ってきた高祖へ微笑むと、
「私は、これから畳地連結二点法について、論文を書くので、当分太師の塔に寝泊まりいたします。ごめんあそばせ」といい、ヨーダム太師と一緒に部屋から出ていった。
リーユエンに置き去りにされ、憮然とした高祖へ、巽陰大公が、
「今日はせっかくですから、都見物をいたしませんか?乾陽大公がご案内いたします。ミレイナ王女もご一緒にいかがでしょうか」と、声をかけた。高祖はうなずき、
「そうだな、ではお願いしよう」と、言い、皆が部屋から退出した。
(ナイナイの独白)
やったね。話し合いは成功したよ。まったくリーユエンったら、絶妙のタイミングで泣きを入れてくるんだから、もうっ、本当にあの子はたいした玉だよ。あれで、どちらも完全に戦意喪失になったんだ。
それにしても、驚いたねえ・・・あの泣きは演技じゃなくて、本気だった。昔は、情の薄い、鈍い子だったのに、いつの間にあんな情が溢れる女に成長したんだろうねえ。私も、感慨深いものがあるよ。
でも、不思議なのは、猊下だよ。初日に猊下を接待させたけれど、どうやってあそこまで納得させたんだろう?いまだに不思議だよ。猊下が譲歩しまくってくれたお蔭で、丸く収まったんだ。あの執着心の強い猊下を、よくあそこまで手懐けてしまったものだ。まったくリーユエンには感服だよ。それに凡人には手を出すな、あれは実にいい条件だよ。金杖王国の王太子へ危害が及ぶことはなくなるからね。
さて、儲けがいくらになったか計算しようかね。あの子のために改造した施設は、新しい売りになるしね。いい宣伝になるよ。イヒヒヒッ




