2 刺客(1)
数日後、リーユエンは、ダルデインとともにハオズィの商会を訪ね、カリウラと会い、次の隊商について打ち合わせを行った。
リーユエンは、微かに緑がかった浅黒い肌の眉目秀麗な男を
「ビアンチャンから来た商人のノルディンだ」と、カリウラへ紹介した。
ノルディンはいかにも南洋海沿岸地方の商人らしく見えたけれど、カリウラは艶のある禿頭を傾げ、納得いかないふうだった。するとハオズィが背伸びすると、カリウラの耳元で、
「ノルディンは、乾陽大公が変装なさっているのです」と、教えた。カリウラは、目を見開き、真っ青になって、跪拝しかけたが、ダルディンは彼の腕を取り、
「微行で来ているのだから、礼儀は不要だ。ただの商人として接してくれ」と、言って止めた。カリウラは、心の中で
(リーユエンが、アスラ以外の、名前を聞いたこともない商人と一緒に来るなんて、変だと思ったんだ。しかし、まさか乾陽大公だなんて、思いもしなかった。もうすぐ玄武の国は氷雪に閉ざされるというのに、まだ大平原にいるなんて、一体どうしたのだろう)と、心配になった。
リーユエンは、カリウラとハオズィへ、「東荒行きの隊商を立ち上げようと思う。往路は、岩塩と穀物を運び、向こうで大顎鰐や三頭蟒蛇を捕獲して、その皮を復路で運べば、利益がさらにあがるだろう」と言った。それを聞いたハオズィは、目をキランと光らせ、
「なるほど、往復で二倍の儲けを目指しますか。さすが、抜け目がなくていらっしゃる」と言った。
リーユエンは、さらに、「天候に恵まれれば、黒鋼石や赤瑪瑙石をみつけられるかもしれない。それを持って帰れば、さらに利益を上げられる」と言った。
すると、カリウラが「そうだな、ちょうど乾季だから、ウマシンタ川の川底を浚えば、赤瑪瑙や玉石がとれるし、川のそばの崖で黒鋼石が露出している場所があったな。あの石は、あの辺りの一族では加工技術がないから、掘り出しても文句はでないだろう」と、言った。
その後も、細かい打ち合わせが続いた。
ただ変装しているだけで、本物の商人でないダルディンには、彼らの打ち合わせの内容はわからないことだらけだった。ただ、ハオズィやカリウラを相手にするリーユエンは、生き生きとしていて、明妃でいる時の人形めいた美しさとはまったく違っていた。話を聞いていても、知識量が多く、決断の早さも圧倒的だった。
(なるほど、これでは離宮を飛び出して、隊商へ行きたがるわけだ。玄武国の者は皆、明妃は離宮に閉じこもり、ひっそり暮らしていると思っているが、一年の半分は隊商暮らしというのが真実なんだ。昔からカリウラの隊商つきの魔導士になると言い張っていたが、確かに適正があるな)と、思った。
隊商を立ち上げるのに半月あまりかかった。老師とカリウラの隊商は、毎年、大きな利益を上げるし、旅の途中で怪我をしたり死んだりする者が少ないことで知られていて、荷運び人の希望者が殺到した。ハオズィは甥のミンズィとともに、東荒へ運搬する商品の用意や荷運び人の選別にかかり切りとなった。一方、ダルディンの方は、その間赤スグリ亭に滞在し続けた。
一度は関係を持ってしまったが、もう二度と過ちを繰り返すまいと固く決意したはずのダルディンであったが、夜になり、リーユエンから情に潤んだ目で見つめられると、もうどうしようもなく、理性が保てなかった。そして、そのたびに
(俺は、新婚の色ボケした若旦那か?どうして、自制できないんだ)と、深い自己嫌悪に陥っていた。宿の主にまで、なんとなく勘づかれてしまった。宿の主人は、怖い本妻の目を逃れ、ここで若い妾との逢瀬を楽しむ商人だと誤解されてしまい、リーユエンが隊商の打ち合わせに出かけるのにお供するたびに、にこやかな顔で、
「いってらっしゃいまし、寝台のシーツは綺麗なものをご用意し、お風呂のお湯もたっぷりご用意いたしますから、どうぞ、若奥様との外出をお楽しみください」と言われる始末だった。
そんなある日、ハオズィの商会の中にいると、外が急に騒がしくなった。
「なんだ、あれは鳥か」
「きらきら輝いているぞ。何と長い尾羽なんだ」
「神々しいお姿だわ、天の使いなのかしら」
ダルディンが何事かと商会の外へ出ると、空から舞い降りてきてのは、アプラクサスだった。
「やっと見つけたよ。探したんだ。ミンもいるかな?」
アプラクサスを肩にとまらせ、ダルディンが打ち合わせの場へ戻ってくると、リーユエンは立ち上がり、
「アプちゃん、久しぶり」と、声をかけた。アプラクサスは、リーユエンを見るなり、羽をバサッと広げ、嘴をあんぐり開けて、
「ミン、どうしたの髪が短くなってるっ、切っちゃったの?」と、叫んだ。
「うん、邪魔だから切った。短い方が楽だもの」
アプラクサスは、リーユエンの肩へ移ると、
「国王陛下から手紙を預かってる。それに王后陛下とサンロージアからも、あっと、それからザリエル将軍からもだよ」と言った。確かに、長い首から袋をぶら下げていた。
「大鳳凰を手紙配達に使うとは・・・」
ダルディンは、呆れて、頭をふった。
リーユエンは、袋を首から外してやり、中身を取り出した。




