14 玄武の話し合い(2)
巽陰大公は、大帝の前へ進み出ると、丁寧に揖礼し、
「巽陰大公カーリヤでございます。大帝におかれましては、ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」と、挨拶し、次にウラナを示し、「この者は、明妃に仕える侍女頭ウラナでございます。今日の話し合いに同席いたします」と紹介した。それから、ナイナイが進み出て、「惜春楼の香車ナイナイでございます。リーユエン様とは、師弟の縁を結んだ間柄でございます。どうか、同席をお許しくださいませ」と、挨拶した。
大帝は、「礼儀は不要だ。楽にするがよい。それから、私のことは、皆、高祖と呼ぶが良い。太古の話となるが、三界の大戦を終わらせたあと、私は、息子である三人の玄武を、北荒、西荒、南荒の地へ、その一族とともに遣わし、その地を治め、鎮護するよう命じたのだ。今残る玄武たちは、皆、我が王子の子孫なのだ。だから、玄武は皆、私のことをただ高祖と呼べばよい」と、語った。
ドルチェンが立ち上がり、乾陽大公、巽陰大公が続けて立ち上がり、
「高祖に跪拝いたします」と、皆、一斉に跪拝叩頭した。高祖は、横を向き、右手を払って、礼は不要だとあらためて示した。それから、皆が着席すると、早速
「私は、リーユエンを我が妻に迎えたいのだ」と、切り出した。几帳の中でその言葉を聞いたリーユエンは、太師を見上げ、その手を自身の手で握りしめた。太師は、眸を揺らし不安気なリーユエンを見下ろし、黙ってうなずいた。
几帳の外では、巽陰大公が高祖へ、
「恐れながら、リーユエンは、すでに我が甥、法座主ドルチェンの明妃として定まった者でございます。たとえ、高祖のお言いつけといえども、従いかねます」と、応えた。
高祖は、右眉を跳ね上げ、「これは妙なことを申す。リーユエンは、明妃位を自ら返上したのであろう。それに法座主は異議も唱えなかったのだから、もう離縁したということだ。それならば、私が妻に娶ったところで、何の問題があろうか」と、言い返した。巽陰大公は、
「いいえ、あの文書は、やむを得ず作成したもので、離縁の合意などございませぬ。そのあたりの事情は、英邁な高祖はすでにご承知でいらっしゃいましょう」と、礼儀正しい口調ではありながら、一歩も引こうとはしなかった。
「経緯はどうあれ、実際に文書は作られ、公になっているのであろう。それならば、私の言い分は不当ではないはずだ。妻だと主張する、法座主の方がむしろ不当ではないのか?」
高祖は、青味がかった翡翠色の目に冷たい光を湛え、ドルチェンを見据えた。しかし、ドルチェンは沈黙したままだった。几帳の中で太師は、自分の手を握りしめるリーユエンの手が冷たくなり、震えていることに気がついた。太師は、リーユエンの肩をそっと叩き、
「大丈夫だ。何も案ずるな」と、ささやいた。
巽陰大公は、「リーユエンが、甥ドルチェンの定まった相手であることは、位とは関係ございません。リーユエンが、玄武の国へ参った当初より、ドルチェンは契りを交わし、自身の配偶と定めております」と、訴えた。
高祖は、口元をへの字に曲げ、「配偶だというが、配偶としての務めを果たしておるのか?そもそも、法座主がこの者をしっかりと守護しておれば、私がこの者を見出すこともなかったはずだ。今さら、配偶などと主張して、それが通ると思うのか」と、冷淡に言った。
巽陰大公は、「金杖王国の王太子とリーユエンは情で結ばれた縁があるため、甥は一旦手放す覚悟を決めただけ、故意に守護の任を放擲したわけではございません」と、高祖以外なら絶対耐えきれない凄まじい圧を込めて言った。けれど高祖はケロッとした態度で
「そんな事情を忖度する義務は、私にはない、私はリーユエンを妻として、蜃市へ連れて帰る。ここでは、婢女扱いされ、幸せに暮らせるとは思えない。私ならば、何者であろうとも、守り切ってみせる」と、自信たっぷりに言い返した。
巽陰大公は、「それはなりませぬ。リーユエンは、十日後に明妃へ復位することが決まっておりますゆえ」と言い、続けて、「復位については、返上文書が公になってから、宰相府へ毎日嘆願書が何百通も届き、もう、山となっております。それに、明妃が復位し、瑜伽業を行わなければ、玄武の国は極寒の中で凍りつき、立ち行かなくなります」と、訴えた。
高祖は、胡座をかき頬杖をついて、
「ふんっ、瑜伽業か。くだらん。瑜伽業など、陰玄武が相手をするものであろう。どうして、わざわざ凡人を明妃に据えてまでさせる必要がある?」と、巽陰大公へ尋ねた。




