14 玄武の話し合い(1)
その翌朝、惜春楼の前に、輿車が三台停車した。玄関先に出迎えに現れたハビは、大物の登場に、またもや腰を抜かしかけた。
最初の一台目から下り立ったのは、一昨日と同じ壮年の商人と、長身痩躯の魔導士だった。その魔導士の被るフード越しに見えた人相は、ハビでも知っている正真正銘の魔導士、ヨーダム太師だった。そして二台目からは、これも商人風の若者が下り立った。そして三台目からは、大層厳めしい姿の貴婦人と、あともう一人、ひっ詰め髪に、灰色がかった筒袖の衫と裙に、茶色がかった灰色の袍を羽織る、厳格な表情の侍女が現れた。
ハビは、案内に立ちながら、ヨーダム太師がついて来ているということは、ひょっとして、あの人たちは玄武なんだろうかと思った。すると、広々とした玄関広間に、今日は、ナイナイ自らが出迎えに現れた。
「ようこそ、お越しくださいました」と、ナイナイは、深々と揖礼した。
ひっ詰め髪の女が進み、生真面目な表情で、ナイナイへ
「リーユエン様は、どちらに?」と、尋ねた。ナイナイは、にっこり笑い、
「三階の貴賓室で旦那さまと一緒にいらっしゃいますよ」と、答えた。
ナイナイの後ろで控えていたハビは、その瞬間、その女が凄まじい殺気を放出したのを、肉眼で見えるほどはっきりと感じ取った。男衆のど根性で、悲鳴こそこらえたが、顔は少しばかり強張った。
(ヒイィィーッ、何ちゅう殺気だ。この女は、玄武じゃない、こいつは多分大蛇だ。それも数百年どころか、一千年越えの妖大蛇だ。どうして、リーユエンは凡人なのに、周りに人外の奴らばっかり集まってくるんだよ〜)
ナイナイは、殺気を放つ女を前にしても、涼しい顔で、
「リーユエン様より、ウラナ様へご伝言がございます」と言い、続けて、「心配かけてごめんなさい。私は元気にしております。ただ、今は庶人なので、あなたに仕えていただくわけにはまいりません。今日は皆様方とご一緒にいらしてくださいね」と、伝言を伝えた。ウラナと呼ばれた女は、一瞬眉をひそめ、ぐっと奥歯を噛み締めたが、「承知しました」と返事をした。
五人は、三階の貴賓室へ通された。広々とした部屋の奥に、白い几帳が置かれ、その手前に高祖が座っていた。
ヨーダム太師が几帳へ近寄り、
「リーユエン、入ってよいか」と、声をかけた。すると、
「どうぞ、お入りください」と、返事があり、太師は几帳の端を持ち上げ、中へ入った。
白い衾にくるまるリーユエンは、眸だけのぞかせて師父を見上げた。ヨーダムは、彼女へ近寄り、声を潜め、「大丈夫なのか?」と、尋ねた。するとリーユエンも小さな声で
「大丈夫ですけれど、まだ、体がだるくて」と返事をした。太師は、
「脈をとらせてくれ」といい、彼女が衾から出した手首を取り、脈診した。脈を診つつ、太師はその手首に何箇所か紅いあざを見つけた。太師は眉をしかめ、
「大帝は、おまえにつけた・・・この紅いあざは法力で消さなかったのか」と、ためらいがちに尋ねた。リーユエンは口を尖らし、
「記念の印に、今日は、そのままにしておけ、何もしなくてもそのうち消えるって」と、言った。
太師は、ため息をついた。
リーユエンの目元は、まだ潤んで赤らみ、唇はいつもより腫れてふっくらして、声も少し掠れ気味だった。若い男なら一目見たらすっかり当てられてしまうところだが、齢七百歳を越えるヨーダムは、平然としていた。太師はリーユエンへ、
「巽陰大公殿下から、交渉が終わるまで、大帝がおまえに近寄らないように、見張っておくようにと、わしは言いつけられておるのだ。だから、おまえの傍にいる」と、伝えた。リーユエンは、
「お願いします。こんなみっともない姿、誰にも見せたくありません」と、ささやいた。
太師は、リーユエンの顔をのぞき込み、目を見開き、「甲羅を破ったのか」と、尋ねた。すると、リーユエンは、握り拳をつくり、目を輝かせ、
「真っ二つに破りました。それに、畳地連結を、太極石抜きでやっちゃいました。今度、論文にします」と、ささやいた。太師は、
「そうか、すごいな・・・だが、その論文、たぶん禁書扱いになるな」と、遠い目をして言った。リーユエンは、
「ええぇぇっ、また、禁書ですか?どうして、私の論文は禁書指定になっちゃうんでしょう」と、嘆いた。
太師は、心の中で、リーユエンよ、おまえの能力は、すでに魔導士の範疇を超えておるのだ。わしでも、そんな論文は恐ろしくて公にはできんぞとつぶやいた。




