1 乾陽大公ダルディン(7)
(やってしまった・・・伯父上の妻なのに、とうとう関係をもってしまった。それだけは、やってはいけないと分かっていたのに・・・)
ダルディンは、寝台の天蓋を見上げて、呆然としていた。
彼の横で、リーユエンが眠っていた。細っそりした顎の下あたりで、ばっさり切られた髪のせいで、初めて会った頃の幼さを思い出した。眠る姿は、あどけない少女のようだった。どんなに惹きつけられても、一線を超えないよう自制してきたのに、今回は、簡単に超えてしまった。
(今までなら、俺の方も自制したが、リーユエンの方が俺を受け入れようとはしなかった。それなのに、どうして今回に限って、抵抗しない?デミトリーと別れて、動揺していたからか?それとも、猊下の干渉がなくなって、寂しさのあまり、猊下の若い頃にそっくりな俺を猊下の代わりにしたのか・・・)
いかなる理由があったにしろ、手を出してしまったのは、自分なのだ。自分さえ自制すれば、こんな事にはならなかったはずだ。だから、彼女を責めるつもりはなかった。
(こんな事になったら、俺は、もう当分玄武の国には戻れない。伯父上が、この事に気がついたら、俺は殺されるか、運がよくても、甲羅を破られて、国から追放されるかもしれない)
考えれば考えるほど、悲惨な結末しか思い浮かばなかった。その時、リーユエンが身じろぎした。
「起きたのか」と、声をかけると長いまつ毛が震え、紫眸が現れた。そして、
「水をください」と、掠れた声で言った。
ダルディンは水差しの水をコップに入れて飲ませてやった。そして、彼女へ、
「すまなかった。俺が自制を失ってしまった」と、謝った。
ところが、リーユエンは、
「謝る必要なんてありませんよ。猊下には、私が誘惑したと言えばよろしいのです。猊下への当てつけに、あなたを誘惑したのだと言えば、あなたはそれほどひどい罰を受けずにすむわ」と言った。
ダルディンは驚き
「そんな事を言えるわけないだろう。事実と違う」と、言い返した。けれどリーユエンは、
「そうかしら?私に拒む気がなかったのだから、誘惑したのと同じだわ。でも、猊下の罰を恐れる必要はないわ。乾陽大公は、いずれ法座主になるお方ですもの、猊下も将来を台無しにするような事をなさるはずがない」と、言った。ダルディンはぎょっとして、
「えっ、俺が法座主?冗談でもそんな事をいわないでくれ」と、思わず叫んだ。
ところがリーユエンは、
「冗談で、こんな事を言ったりはしないわ。今の八大公、その中で陽極の主である乾震坎艮の四大公のうち、筆頭の乾陽大公であるあなた以外の誰に法座主が務まるというの?瑜伽業ができなければ話にならないのに、その力のある大公が他にいますか?」と、冷静に分析した。そして続けて
「あなたは筆頭大公で、いずれ時がくれば、法座主になるのは間違いないわ。そんな玄武にひどい罰など下すはずがない。まして、今、猊下は私との接触を完全に絶っておられるのだから、気にする必要はないでしょう」と、言った。そして、彼をじっと凝視め、抱きついてくると、低い声で
「もう、私のことは見るのも嫌なのかしら?」と、耳元でささやいた。その声が、また毒のように全身を巡り、せっかく立て直したはずの理性は、溶けてなくなってしまった。
翌日。
(ダメだ。リーユエンは、おかしいぞ。俺は、彼女に食べられたような気分だ)
ダルディンは、昨夜の自己嫌悪をまだ引きずっていた。
(それに俺もおかしい。彼女にじっと凝視められたら、自制が吹き飛んでしまう。どうしてだ?伯父上の女に手を出すなんて、正気の沙汰じゃないのに・・・)
早朝、カーリヤが瞑想状態から彼へ接触してきた。そして、接触するなり、
「ダルディン、おまえ、何てことを仕出かしたんだいっ」と、叫んだ。彼は、
「すみません。どうにも抑えが効かなくなりました」と、素直に詫びた。けれどカーリヤは、
「謝ってすむ問題ではないだろう。こんな事をドルチェンに知られたら・・・」と言い、それから
「おまえに伝えておきたいことがあって連絡をとったのだ。ドルチェンが、閉関してしまったよ。岩戸を閉ざして誰も入れなくなった。執務も、法理の判断もすべて放擲した」と言い出した。
「エエッ、伯父上は一体どうして・・・」と、絶句するダルディンへ、カーリヤは、
「さあね。心身の疲労がひどいのかもしれない。何しろ、明妃と接触を絶ったうえに、彼女の自由に任せてしまったのだから。あの異常な執着の強さで、そんな無理をすれば、心身に故障が生じるのも仕方ないね」と言った。そして、
「だから、おまえがリーユエンと関係を持ったことはすぐ気づかれることはない。それから、おまえたちが秘密裏に運んだはずの明妃位返上文書の内容が、どうしたことか漏れてしまい、いま玄武国は次の明妃を選ぶべきかどうするかで大揉めに揉めているところなんだ。リーユエンを連れて帰ってくると、面倒事に巻き込まれるだけだから、当分、帰ってこない方がいい。しばらくは、おまえがリーユエンの世話をするんだよ。いいね」と言い、通信が切れてしまった。




