12 処断の嵐(2)
日が暮れて、あたりに暗闇が満ちた頃、太師がようやく塔へ帰ってきた。窓から入ってくるなり、太師は、
「リーユエンが来ておるのか」と、もう、弟子の到着に気がついた。
慌てて師父を迎えに出たニエザは、揖礼し、
「はい、昼前に現れて、疲れたからと魔法陣の中で眠っております」と、伝えた。すると、太師は足早に部屋の奥の魔法陣へ近寄り、そこへ隠形術をかけて、リーユエンの姿を魔法陣ごと隠してしまった。そんな事をしたことがなかったので、ニエザは驚いた。
太師は、ニエザへ、
「わしは、食事を済ませたら、またすぐ会議へ戻らなくてはならない。多分、リーユエンが来ているだろうと思って、一度抜けてきたのだ」と言った。
ニエザは、太師と食卓につき、夕飯を食べた。太師はニエザへ、「これは他言無用だぞ」と、まず厳しい表情で注意し、「八大公家のうち、震家、兌家がしばらく閉門となった」と、伝えた。 ニエザは手にしたスプーンを、皿の中へガシャンと落とした。
「えっ、どうして、何があったのですか」と、尋ねた。
玄武八大公が集まり開かれる枢密会議といえども、大公家に対して閉門を決定するなんて、聞いたことがなかった。それほど、玄武八大公家は、絶対不可侵の存在なのだ。太師は、太く長いため息をつき、
「兌陰大公とその一族は、先代の乾陽大公毒殺の容疑がかかった。そして、震陽大公は、邪術を行い金杖王国の陰護衛を殺害した容疑がかかっている。さらに、震陽大公は甲羅を破られ、地下牢へ幽閉された」
太師が淡々と語る言葉に、ニエザは震え上がった。
「震陽大公の甲羅なんて、一体誰が破ったのですか。まさか、猊下が・・・でも、猊下は閉関中のはずでは・・・」
太師は、炯々と光る灰色の眸をニエザへ向け、
「猊下は今日閉関を解かれた。そして、枢密会議の緊急招集をかけられたのだ。しかし、甲羅を破ったのは、猊下ではない。わしも信じられないのだが、猊下と乾陽大公殿下は、リーユエンが破ったというのだ」と、話した。ニエザは、真っ青になり、
「ヒイィィーッ、嘘ですよね。嘘だとおっしゃってください。冗談ですよね」と、必死の形相で師父へ訴えた。玄武の甲羅を破るなんて、それを凡人がやるなんて、ましてそれをリーユエンがしてのけたなんて、決してあってはならないことだ。太陽が西から昇ってくる方がまだしもありえる、とさえ、ニエザは思った。
しかし、太師は眉をしかめ、
「乾陽大公殿下が嘘を言うはずがない。その場に居合わせたそうだから、間違いない情報だ。だが、ニエザ、この事は他言無用だぞ」と、さらに重ねて念押しし、
「リーユエンが目覚めたら、世話を頼む。それから、リーユエンを尋ねてくる者があっても誰も中へ入れるな」と、命じた。
「明日は、リーユエンも会議に召喚されるかもしれない。そのときは、わしか、乾陽大公殿下が迎えにくる。それ以外は何者であろうとも、接触させてはならんぞ」と、きつく言い聞かせ、太師はふたたび闇夜の空へ飛び出していった。
ニエザは、その後、後片付けをし、下階の寝室へ引き上げてさっさと眠った。
ところが、その翌早朝、目覚めたニエザは、最上階に上がってくるなり、侵入者の気配を察知し、動揺した。
「ヒイィィッー、誰だよ、もうこんなに早くから誰か来ちゃってるじゃないか。一体どこから侵入したんだ」
魔法陣の前に、長身で、足元まで届く白金長髪の後ろ姿を目にし、一瞬リーユエンかと思ったが、その背は彼女よりさらに高く、肩幅が広く、体つきはもっと逞しいことに気がついた。そして、侵入者だと気がついたのだ。ニエザの気配に気がついた侵入者が振り返った。青みをおびた白い肌、神々しいほど端正な顔立ちに、青味がかった翡翠色の眸がニエザへ射るような視線を向けてきた。ニエザはその視線を受けた瞬間、とても自分ごときが敵う相手ではないと気がついた。
「あのう、どちら様でしょうか」
ニエザは、相手を刺激しないようできるだけ低姿勢に、にこやかな態度で尋ねた。白金の髪の男は、「リーユエンを訪ねてきたのだ。おまえは何者だ?」と、誰何してきた。
ニエザは、内心、ここは太師の住居だぞ、誰何したいのは私の方だよ、と思いながらも、相手の凄まじい法力の気配に圧倒され、
「ここはヨーダム太師のご住居で、私めは、留守を預かる弟子のニエザでございます」と、自己紹介した。




