12 処断の嵐(1)
ヨーダム太師の住居である東の魔導士の塔では、最上階の部屋でニエザが、半月に一度行う書籍の埃払いに余念がなかった。
厳冬の最中には珍しく、今日は朝から吹雪くこともなく、曇り空は微かに明るささえ感じられ、少しだけ春の気配があった。羽叩きで本棚の埃を払うと、太師が外出中なので、バレやしないと魔導術を使い、開け放した窓から埃が出ていくように弱い気流をつくり、埃払いは順調に進んだ。
「今日は、冬にしては良い天気でよかった。太師も朝から外出されてしまったし、これが終わったら、お茶にしようかな」と、ニエザは埃よけの三角頭巾の下で、地味な顔をほころばせた。
と、その時、突然、窓から突風が吹きこんできて、羽叩きがその風にバサバサと音を立て、書架に入り切らず、床に置かれた書籍が、バラバラと捲れ上がった。
「何だ、どうした?私の施した風の術に逆らう風が吹き込むなんて・・・」
ニエザは、羽叩きを手から取り落とし、窓から入ってきたものを、口をあんぐり開けて見つめた。黒衣に黒い長外套をまとう長身痩躯の姿、それは・・・
「リーユエン、リーユエンだよね」
その姿を指差し、ニエザは普段は糸のように細い目を見開き、尋ねた。黒い化鳥のような姿が、ニエザへ向かって丁寧に揖礼し、
「ご無沙汰しております。兄師」と、挨拶した。それは紛れもないリーユエンだった。けれど、ニエザの見知るリーユエンとは、別人だった。空から入ってきたリーユエンは、フードが後ろへ風で飛ばされてしまい、乱れた髪がきらきらと降り積もったばかりの新雪のように輝き、その色は白金なのだ。それに、外套越しからでさえ、風圧を受けて皺のよった胸のあたりに、前にはなかった形のよい双丘がはっきりと見てとれ、ニエザは目のやり場に困ってしまった。それに、見慣れた火傷は跡形もなく、その面は秀麗そのもので、ニエザは一目見た瞬間、どうしてリーユエンがこんなに美しい人だと今まで気がつかなかったのだろう、自分は何と見る目のない愚か者だったのだろうかと、大きな衝撃を受けたのだ。
リーユエンは、兄弟子を見て微笑みを浮かべ、
「しばらく、ここで寝泊まりさせてくださいませ」と、願った。
ニエザは、戸惑いながら、
「泊めるのは構わないけれど、あなたは、離宮にいるべきでは?」と、尋ね返すと、リーユエンの微笑みは翳りを帯び、
「兄師もご存知でしょう。私は身分を返上したので、今は庶人なのです」と言った。
ニエザは、ああ、そうだった、と、思った。返上の文書は、なぜかそこら中に流布しており、自分も目を通して、そんな訳のわからない理由での返上が罷り通るなんて、そんなのありかよ、と憤慨したのだ。
「君が、位を返上するなんて、道理が通らないことだと、私は思っているよ。でも、ここにいたいなら、好きなだけいていいよ。ここでは、君は、いつだって私の弟分で、大歓迎だからね」と、ニエザが言うと、リーユエンは目元を潤ませ、
「ありがとう、師兄」と言った。
ニエザは、怪しくなった鼓動を落ち着けようと、その紫眸から慌てて目を逸らした。それから、
「師父はいま外出中なんだよ。緊急の枢密会議に出席するよう招集があったんだ。それにしても、リーユエン、君、そのう、随分見かけが変わっているけれど、何かあったのかい?」
ニエザは、師父が今他出していることを伝え、それとなく彼女の容姿の変化についても尋ねてみた。
リーユエンは肩をすくめ「うん、色々あったの」とだけ、答えた。
「そうなんだ、色々ねえ・・・・」
リーユエンと付き合いの長いニエザは、彼女が色々と言うときは、普通の魔導士ならば、二、三回は確実に死んでいる経験をしたに違いないと思い、それ以上詳しく尋ねる気が失せてしまった。そして、気を取り直し、
「今からお茶にしようと思っていたんだ。一緒にどうだい?」と、誘った。するとリーユエンは、
「ごめんなさい。とても疲れていてすぐ寝みたいの。後で、いただきます。魔法陣の中を使わせてください」と、いい、魔法陣の中へ入るや、自身のマントを毛布のように体に巻きつけ、もう寝息を立てていた。
ニエザは、呆気に取られ、しばらくリーユエンを見ていたが、頭をふりふり、自分のためにお茶の用意を始めた。




