11 波乱の帰還(7)
高祖は、空の彼方へ飛び去り、みるみる姿が小さくなるリーユエンを見送り、
「見事な飛行術だ」と、感嘆した。
一方ドルチェンは、眉をしかめ、こめかみの血管をピクつかせていた。彼女が最後に言い残した『殿下を叱らないでください』がひっかかったのだ。ダルディンの奴、まさかリーユエンに手を出したのかと、疑惑が暗雲となって広がった。ドルチェンは、その後、高祖を、プドラン宮殿の貴賓棟へ案内し、内官たちの世話に委ねた。そして、執務室へ行き、乾陽大公と巽陰大公を呼び出した。
執務室へ姿を現したダルディンを見た瞬間、ドルチェンの眸は糸より細い縦長となり、顔つきは一気に不機嫌となった。ダルディンは、息を止め、伯父の前でかたまった。その態度で疑惑は確信へと変わった。ドルチェンは、巨大な執務机の向こう側に立つダルディンへ、不穏な声で
「おまえには、明妃を守るよう言いつけたはずだ。どうして、このような事になったのだ。それに、明妃に手を付けるとは、一体何を考えておるのだ」と、怒鳴りこそしなかったが、それは恐ろしい殺気を孕んだ声だった。ダルディンは、跪いて叩頭し、ただ「申し訳ございませんっ」としか、言えなかった。そこへ、遅れてやって来た巽陰大公カーリヤが、
「ダルディンを叱りつけても仕方ないだろう。おまえが、閉関したのが、そもそもの間違いなんだから、そのせいで、リーユエンは頼りにできる者がいなくなったんだから、ダルディンに頼ったのだろう」と、取りなした。しかし、ドルチェンは、不機嫌なまま
「王太子と結婚するものだとばかり思っておったのに、どうして求婚者が東海大帝なのだ」と、つぶやいた。それを聞いた瞬間、巽陰大公は、目を剥き、
「エエッ、東海大帝、本当かい?あのお方はまだ生きていらっしゃるのかい。あの方が、三界の大戦を勝利し、四荒太平を玄武の一族に守らせて、この世のあり方をお定めになってから、すでに七千年近くが経とうとしている。近頃は、もう噂すら聞かなくなったのに、まだお元気なのかい」と、尋ねた。ドルチェンは、
「リーユエンを妻にすると言い張って、この国まで一緒に来ているのだ」と、さらに低い不穏な声で言った。カーリヤは、目を見開き、口を開けしばし呆気に取られ、
「あの子ったら、とんでもない大物を釣り上げてきたんだねえ。けれど、妻にするって、本当に大帝なら、一万歳を越えているはずだよ。お爺ちゃんじゃないのかい」と不思議がった。それへ、ダルディンは首をふり、
「リーユエンを妻にしたいと言う高祖という方は、ご本人は一万歳を越えたとおっしゃるが、見かけは私と変わらないほど若々しいお方です」と、話した。カーリヤは、首を振り、
「東海大帝なら、そういう事もありえるねえ。だが、そんな話をする前に、ダルディン、金杖王国へ行かせたリーユエンがどうして東海から帰ってきたのかを、教えておくれ」と言い、肘掛け椅子に腰掛けた。ダルディンも向かい側の椅子に腰掛けて、今までの経緯をすべて説明した。
聞き終えたドルチェンは、しばらくこめかみを揉んで、黙り込んだ。
カーリヤは、「やはり、ドルチェン、おまえの閉関が早計にすぎたのだよ。リーユエンの判断を見極めるべきだったよ」と、長老として忌憚ない意見を言った。
ダルディンは、伯父と大伯母が言い争うのを恐れ、
「震陽大公が邪術を使った証拠として、陰護衛の遺骸も回収してきました。それと、リーユエンの使われたドルーアの毒は、症状が私の父が死んだ時と酷似しております。どうか、調査をお願いします」と言った。
ドルチェンは、
「おまえの父親が死んだとき、ひどい内傷を生じておった。リーユエンは、魔導術を使うたびに症状が悪化したのだな?」と、確認した。ダルディンは、
「そうですね。本人が隠していたので、気が付くのが遅れてしまったのですが、咳がひどく胸痛に悩まされていて、父が亡くなった時の症状と同じでした」と、報告した。ドルチェンは、
「内傷を生じさせる毒か、また厄介なものばかり・・・」と、弟の最後の頃を思い出し、眉を寄せ「兌陰大公の家屋敷も軍に命じて封鎖させたが、ドルーアは行方不明で、いま捜索中だ。捕まえ次第、尋問させよう」と、言った。




