11 波乱の帰還(3)
リーユエンは、眉尻を下げ、
「だって、あなたが一緒に来て、もし人質にでもされたら、どうしたらいいのよ。身動き取れなくなってしまうわ。あなたは、金杖王国の王太子で、私の大切な宝物なのよ。あなたには、金杖王国へ戻って待っていていただかなくては」と、デミトリーを諭した。デミトリーは、眸を輝かせ、「私は、君の宝物なのかっ」と、叫んだ。
リーユエンは微笑んでうなずき、
「そうよ、だから、お願い。金杖王国で待っていて、震陽大公を思いっきり懲らしめるために、私が心置きなく動けるようにしてちょうだい」と、説得した。
それを聞いたミレイナ王女は、心の中で、リーユエンは凄い、大お祖父様の機嫌を損ねず、あの凡人までも手玉にとっている。実際、彼女が言いたいことは、おまえなんかついて来たら、足手まといになるだけだ。人質にとられでもしたら迷惑だから、とっとと金杖王国へ帰りやがれっということだ。それを、ああいう風に言ってしまえば、気持ちよく引き下がるのか、と、王女は感心し、男のあしらいについては、今後はリーユエンを師と仰ごうと、心密かに決めたのだった。
三日後、蜃市の城郭から出ると、高祖は街を降り、海岸へ出た。そして、海へ向かい、法螺貝を吹き鳴らし
「ハイシャン、我の呼びかけへ応じよ。ハイシャン、我の呼びかけへ応じよ。青玄武と海竜の古の契約により、我の召喚に応じよ」と、海中深くに潜む龍へ呼びかけた。高祖の召喚により、晴天の空は突如黒雲に覆い尽くされ、稲妻が走り雷鳴轟き、横殴りの雨が叩きつけてきた。波が荒れ狂い、東海海上には竜巻がいく筋も発生し、海から巨大な青い海龍が空へ昇った。高祖は白金の髪を風に靡かせ、現れた巨大な海龍へ、「久しぶりだな、ハイシャン」と、声をかけた。
海龍は銀色の鬣を靡かせ、黄金の目を輝かせ
「高祖、何か御用か?久しぶりに誰かと戦うのか」と、嬉しそうに尋ねた。
「遠出をすることになってな、西の方へ我々を運んでくれないか」と、高祖は頼んだ。海龍は、
「いいとも、我も西へは行ったことがない。連れていってやろう」と言い、海岸近くへ、巨体を寄せてきた。彼らは、海龍へ騎乗し、西を目指した。
途中氷雪の大地へ降り立ち、ヨークの遺骸を棺に収めた。それから、さらに西進し、四昼夜をかけて、圏谷を越え、東嶺の山を過ぎ、密林の樹海とウマシンタ川を横断し、荒地を過ぎ、中央大平原へ至った。そして、狐狸国に近い無人の荒野に降り立ち、デミトリーを下ろした。デミトリーは、上空へ上がる海龍へ、手を振り、
「全部解決したら、金杖国へ来てくれ。待っているから」と、叫んだ。リーユエンは、彼へ、
「ヨークの亡骸は、後で必ず金杖王国へお返しするから、待っていて」と叫び返した。
本当は、金杖王国へすぐヨークを戻してやりたかったが、震陽大公が禁術である尸蟲の術を生きた凡人に使った証拠であるため、一旦玄武国へ運び込むしかなかった。玄武国へ到る永久凍土の荒地の途中で海龍から下乗し、彼らは徒歩で玄武国へ向かった。
十日後、彼らは玄武国へ震家の家臣と家隷の身分で入国した。そして、そのまま都内の震家の屋敷へ向かった。レムジンは震陽大公へ連絡を取り、乾陽大公は氷雪の大地で地割れに巻き込まれ死亡し、犠牲者は出たものの、リーユエンは生捕りにして連れて戻った旨を報告した。そして、部下に変装した高祖、ダルディン、ミレイナ王女とともに、リーユエンを手枷足枷で拘束し、輿へ乗せて、震家の屋敷内へ入った。
黒い厚地のヴェールで全身をすっぽり覆った姿のリーユエンを、部下に変装した高祖が抱き抱え、家令に案内されるまま、屋敷最奥の震陽大公の元へ運びこんだ。運び込まれたリーユエンは、震陽大公が腰掛ける太子椅子の前の床へ手枷、足枷をつけたまま、放置された。大公が、皆を部屋から出してしまうと、薄暗い室内に、大公とリーユエンだけが残された。
震陽大公は、糸のように細い目を少しだけ見開き、椅子からそっと立ち上がると、リーユエンへ近寄り、全身を覆うヴェールを剥ぎ取った。そして、じっくりねぶるように全身を眺めた。艶やかな黒髪は、灯明の明かりに輝き、伏せられた長いまつ毛の影で、紫眸がきらめくのが見えた。
「ふうむ、確かに明妃だ。そなたをやっと間近に見ることができた」
そう言いながら、震陽大公は、リーユエンの襟元へ手をかけた。リーユエンはビクッと怯えたように身を竦ませた。
「怖がることはない。震家の刻印の具合を確かめるだけだ」と、猫撫で声で言いながら、大公は襟元を肌けた。




