1 乾陽大公ダルディン(6)
リーユエンが言い終わるやいなや、ドルチェンはリーユエンの口を塞ぐように口付けした。すると、リーユエンの全身が、金色の光に包まれた。しばらくして、ようやくドルチェンが離れると、懐に抱かれたリーユエンが深いため息を漏らし、ドルチェンへ、ぐったりと身を預けた。
「よいか、三日の間、法術を使わず、大人しくしていなさい。そして、見えるようになったら、そこの地面に転がっている者に隠形させて、護衛をさせる、その状態で通学しなさい」と、ドルチェンは言った。
リーユエンは、ドルチェンの胸に頬を寄せて、「まだ離宮にいなくてはいけないのでしょうか?」と、ささやいた。
ドルチェンの答えは
「離宮は、あなたの住まいだ。魔導書が必要なら、太師へ持ってこさせよう」だった。 リーユエンは、ドルチェンの懐に顔を埋ずめたまま「御意」と応えた。
リーユエンを抱き抱えたままドルチェンは立ち上がると、ダルディンを見下ろし
「聞いておるのだろう。明日から、護衛を頼む」と、言い残し、そのまま離宮の建物へ入った。
(そうだ、初めて会った時、もうすでにリーユエンは、猊下と関係を持っていた。猊下は掌中の珠のごとく、あの子を慈しんでいた。俺は、魔導士学院まで毎日護衛で付き添った。そして、伯父上は、その様子を逐一俺から報告させたんだ。だから、リーユエンが魔導士学院を卒業するためにどれほど努力したのかも知っているし、その後隊商へ参加するのを猊下へ認めさせるため、過酷な武術の訓練を乗り越えたのも知っている。ただ、ずっと隠形で付き添っていたため、リーユエンは、俺だと気がついていなかっただろうが・・・)
リーユエンが部屋の中を見回すのを眺めながら、ダルディンは、そのような昔の事を思い出した。
ぼんやりしたダルディンへ、リーユエンが、
「私もここに泊まってよいのですか?」と、尋ねた。ダルディンは我に返り
「ああ、逃げ出されては困るから、一緒にいてもらおう」と、言い、続けて
「ウラナから、手紙をもらったよ。俺が、あなたの怪我を完治させなかったため、痛い思いをしたそうだな。すまなかった」と、謝った。
するとリーユエンは、ふっと笑みを漏らし、
「いえ、そんなの全然気にしてません。忌々しいビアンサ側妃とその卑怯者の兄貴をやっつける絶好の機会をもらえたので、本当に幸運でした」と、言うと、その笑みを変え、陰険にヒヒッと笑ってみせた。
ダルディンは、その顔を見て
(久しぶりに見るな、この笑い方。上級生にいじめられてこっそり仕返しした時もこんな風に笑っていたな。昔から転んでもただで起きないところは、全然変わっていない。たくましい子だよ)と、思った。それから、リーユエンへ
「どうして金杖王国を飛び出したんだ?伯父上は、あなたが王太子妃になっても仕方ないとお考えのようだった。仮にそうなったとしても、自分は寿命が長いから、待つ事ができると考えたうえで、あなた自身で決めなさいと伝言されたのに・・・」と、話しかけた。けれど、それを聞いたリーユエンは、うつむいて黙り込み、やがて身を震わせ
「そんなの、そんなの、勝手だわ。私をあれだけ玄武紋で縛りつけておきながら、いきなり突き放すなんて、あんまりだわ」と、絞り出すような声で言った。
あまりに意外な反応に、ダルディンはすっかり戸惑ってしまった。自由の身になったというのに、どうしてこんな反応をするのだろう。
「どうして、不満なのだ?猊下はあなたの事を思って・・・」と、言いかけたら、突然リーユエンは顔を上げ、紫眸を涙に霞ませ、
「何があなたの事を思ってよっ、勝手なことばかりおっしゃって、本当に私の事を思っておられるのなら、きつく縛りつけて離さないでほしい。そうしないと、私は、もうどうしたらいいのか・・・」と言うと、顔を両手で覆い隠し、激しく泣き出した。
ダルディンは慌ててリーユエンへ近寄り、そっと抱きしめ
「もう、泣くな、泣いたらどうしたいいかわからなくなる」と、ささやいた。するとリーユエンは、ダルディンへ体を寄せ、
「いやよ、泣き止まないわ。どうしたらいいのかなんて、考えないで」と、ささやいた。その声に、ダルディンの鼓動が跳ね上がった。気がつくと、涙で潤んだ紫眸が自分を見上げていた。もう、自制が効かなくなり、ダルディンはその顎をとらえ、口付けしていた。自制の箍が外れかけた彼は、それを締め直そうとした、ところがリーユエンは、自分から体を密着させてきて、彼へ腕を回し抱きついてきた。茉莉花の香を感じ、ダルディンの眸は縦長に変じ、彼女をきつく抱きしめ返していた。もう、自制なんて言葉は、どこかへ落としてしまった。ダルディンは完全に己を失った。




