11 波乱の帰還(1)
「わかった、言う通りにする。あんたに従うよ」
レムジンは、もう受け入れるしかなかった。リーユエンに従ったとしても、法座主猊下の許しがあるとは限らないのだ。けれど、彼女は猊下の寵愛深い明妃なのだから、まだしも一縷の希望があった。一方、断れば、震陽大公の恐ろしい制裁が待ち受けているのは確実だった。たとえ、不確かではあっても、今は、リーユエンの申し出にすがり付くしかなかった。
ダルディンは、レムジンの態度を観察しながら、口封じのために部下まで殺した卑劣漢すら、目的を達成するために利用しようとするリーユエンは、非情すぎると思った。しかし、それを口には出せなかった。ではどうすればいいのかと問われても、経験の浅い自分には、代替の妙案など思いつかなかった。
リーユエンは、乾陽大公が自分に批判的な思いを抱いていることには気がついていたが、あえて何も言い訳しなかった。したところで、潔癖な大公が理解してくれるとは思えなかった。伯父である法座主の大きな力に守られてきた乾陽大公に、権力闘争の熾烈さ卑劣さを訴えたところで、自分のやり方が正しいのだと押し付けるだけだから、そんなことはしたくなかった。ただ、乾陽大公の立場を盤石にするためなら、自分が少々品性に欠ける極悪人に見られても少しも構わないと思っていた。そんなことを考えて憂鬱になっていると、耳元で、
「リーユエン、何も落ち込むことはない。私には、分かっている。あなたのやっていることは間違ってはいない」と、高祖がささやいた。リーユエンは頭を回らし、高祖を見上げた。高祖は、彼女の髪を撫でながら、微笑んだ。それだけで、リーユエンは心につもった澱が少し流れ去った気がした。
「さてと、それでは、レムジン おまえにはやってもらいたい事がある」と、リーユエンはレムジンへ今後の計画を指示した。
計画を聞き終えるなりダルディンが、
「そんな方法、あなたの冒す危険が大きすぎる。震陽大公の焼き付けた紋はまだ残っているんだろう?傍近くまでいけば、法力の影響をまともに受けるぞ」と、警告した。すると、高祖が、
「心配不要だ。リーユエンの手にあまるようなら、私の法力を送り込んで、その爺いの法力を打ち消してやろう」と、自身満々で言った。齢一万年を越える高祖が、齢四千年の震陽大公を爺い呼ばわりするなんて、変だとと思いながらも、若々しい高祖の姿を目の前にしては、誰もそんな事は言えなかった。考え込んでいたデミトリーが顔をあげ、
「本当にそこまでする必要があるのか?ヨークは、君を守りたくて、主代えしたんだ。それなのに、自分が死んだせいで、君が危険を冒すと知ったら、悲しむだろう」と、言った。思いがけない指摘を受け、リーユエンの秀麗な面が曇った。けれど、次の瞬間には、
「たとえ、彼が悲しもうと、あんなことを生きた人間にするような奴は絶対許せない」と、言い切った。紫眸には、凍つく光があった。
デミトリーは、危ない真似をさせたくないと思いながらも、どう言ったら説得できるかが分からなかった。ただ、リーユエンに近寄り、
「君は自分の身を顧みないで、危ない真似ばかりする。君は、今でも私の大切な人なのだから、お願いだから、無茶をしないでくれ」と、話しかけた。リーユエンは、デミトリーを見上げ、何か言おうとしたが、高祖がぐいっと腕に力をいれ、彼女を懐へ抱き込んでしまった。そして、デミトリーへ、
「凡人の男よ。おまえは何も案ずる必要はないぞ。私がリーユエンと一緒に行き、本当に危ない時は必ず助けてやる。だが、紋を焼き付けられた以上、彼女の力で震陽大公の法力を打ち破り、紋を消してしまうのが、一番の上策なのだ。そうすれば、もう、震家は、彼女を縛り付けることは二度とできなくなるからな」と、言った。リーユエンは高祖の懐から顔をあげ、
「えっ、高祖さま、まさか玄武国まで一緒に来てくださるのですか」と、尋ねた。




