10 覚醒(6)
「ギャーアアアッ」
レムジンの絶叫が響いた。白光が部屋全体へ広がり、一瞬で何も見えなくなった。
「ふむ、なかなかいい具合に破れたな。一回めとしては、まずまずの成果かな」
光が消えると、床にしゃがんでレムジンをのぞき込むリーユエンの姿があった。高祖も、ダルディンも、ミレイナ王女も、玄武は、皆、凍りつき、言葉を失った。玄武でないデミトリーは、レムジンをのぞき込み、
「すごいっ、こいつ原身へ戻ってるし、首の後ろから甲羅が裂けている」と、言った。
人形のレムジンの身長と同じくらいの大きさの甲羅、鞍型に反り上がった大きな甲羅の玄武が、蛇のような首を伸ばし嘴型の口を開け苦しんでいた。首元の反り返った甲羅は、背中の盛り上がった真ん中あたりまでヒビが走り破れていた。玄武でありながら、原身をすべてさらけ出してしまうのは、最大の屈辱だった。けれど、甲羅が破れてしまっては、法力の循環は途絶え、もう人形を保つことなど不可能だった。
リーユエンが甲羅へ手をかざすと、甲羅は光に包まれ、破れた部分はふたたび塞がった。けれど、甲羅破りの凄まじい衝撃のため、レムジンはまだ人形に戻れないでいた。
「た、助けてくれ、もう、俺の甲羅を破らないでくれ、これ以上破られたら、俺は、死んでしまう」と、レムジンは、全身を震わせ、怯え切った声で言った。
「リーユエン、いつの間に、甲羅破りなんて、できるようになったんだ?」
ダルディンは、力の抜けた虚な声で尋ねた。自分の甲羅まで破られたかと錯覚するほどの衝撃だった。
リーユエンは、ダルディンを振り返り、にやっと笑い、
「昨日、正気に戻ったあと、考えたのです。畳地連結は空間を歪曲させる、その魔力場を、甲羅へぶつけたらどうなるかなって・・・空間が歪むぐらいなのだから、甲羅だって歪んで割れるだろうって」と、言った。
ミレイナ王女は、リーユエンのどこか狂気を孕んだ口調が恐ろしくて、無意識のうちに震えながらダルディンへ抱きついていた。高祖は、リーユエンを見下ろし、指差しながら、
「そなた、昨夜は、やたら私の鎖骨のあたりばかり撫で回していると思ったら、そんなことを考えておったのか」と、呆れた様子で話しかけた。リーユエンは高祖を見上げ、
「自分の身は自分で守らないと・・・甲羅破りさえできれば、大抵の玄武は大人しくなるでしょう」と、肩をすくめて言った。
高祖は、(見目麗しい、情の豊かな凡人だと思っていたが、まさかこれほど恩讐の情に厳しい者だったとは・・・)と、戦慄した。
リーユエンは、玄武の姿のままのレムジンへ、
「さて、おまえの名前は何という?それと、おまえの震家における身分も一切合切すべて教えてもらおうか」と、言った。甲羅を破られた衝撃と恐怖で、レムジンは恐慌をきたし、理性も自制も崩壊した。ただもう二度と甲羅を破られたくない一心で、リーユエンに問われるまま、今までの経緯を知っている限りすべてぶち撒けた。
リーユエンはお茶を飲みながら、レムジンの話をじっくり聴き取った。ダルディンもミレイナ王女も一緒に聞いたが、二人とも、震陽大公の悪辣さに腹が立ってならなかった。デミトリーは、酷い目にあったリーユエンを慰めたいのに、高祖が腕で抱え込んでがっちりガードしているため、近寄ることもできないでいた。
話を聞き終えたリーユエンは、
「これで、だいたいの筋書きは見えてきたけれど、どうしたものか」と、つぶやいた。
高祖は、リーユエンへ「そなたはどうしたいのだ?」と尋ねた。
リーユエンは、「私がしたい事は、まず、震陽大公を当主の座から蹴り出して、当主の首をすげかえる。そして、閉関していらっしゃる猊下を叩き起こして、お仕事に戻ってもらう。とりあえず、この二つですかね。あっ、一番大事なことを忘れるところだった。ヨークの亡骸を回収して、お墓を作ってあげて、金杖国王陛下と、ザリエル将軍へ、お詫びにもいかないと」と言った。そして、玄武の姿から、やっと人形へ戻ったレムジンへ、
「おまえ、このまま戻っても、震家に居場所はないでしょう。どう?私の手下になって、働いてみない?成果さえ出してくれれば、悪いようにはしない。何なら、次の震家の当主にしてあげてもいいわよ」と、誘った。
レムジンは、はっと顔を上げたが、リーユエンが恐ろしくてまともに顔を見られず、またうつむき
「でも、俺の父は庶子だから、当主になんかなれるはずがない。俺は、あんたの手下になったら、裏切り者として震家を追放されるだろう。追放された後も、俺を使ってくれるなら、あんたの言うことをきくぜ」と、力のない声で言った。ところが、リーユエンは、
「何を言っているの。私を一体誰だと思っているのよ。私が猊下を説得し、猊下さえ了承すれば、あなたの父親の出自なんて関係なく、あなたを当主へ据えることは可能よ。ただし、これからは、私の指示通りに動いてもらうことが条件よ」と、言った。
「ほ、本当にそんな事ができるのか?」
希望が見えたレムジンは、恐ろしさを忘れ、リーユエンを見上げた。
「できるもできないも、その方が都合がいいわ。猊下や私に忠実な大公家が増えるのは、悪いことじゃないもの。いずれにしても、あなたは、私の体へ刻印を焼き付け傷つけたのだから、それを知れば、猊下は、あなたを八つ裂きにするでしょうね。それを避けたいのなら、私の言うことを聞くしかないわよ」と、リーユエンは冷徹な口調で、レムジンを説得した。




