10 覚醒(4)
翌日、ミレイナ王女が、神廟へ訪問の伺いを立てたところ、昼過ぎに許可がおりた。王女は、乾陽大公とデミトリー王太子を連れ、神廟を訪れた。
神廟付きの内官に案内され、彼らは長い回廊を進み、神廟最奥の高祖の私室の前まで案内されたが、中から高祖とリーユエンの会話が聞こえて来た。
「リーユエン、どうして、そんな格好をするのだ。衣装ならたくさん用意してあるだろう。あの薄物の白い衫に萌葱色に錦糸を織り込んだ裙など、どうだ?それにその胸に巻いた不細工な布も取りなさい」と、高祖の声が聞こえ、そのあとリーユエンが、
「そんな動きにくい服は嫌です。筒袖の黒い服がいいんです。内官の服は動きやすいから、調度いい」と、無愛想に答えるのが聞こえた。
「では、せめて、その胸周りのみっともない布を・・・」
高祖は、もうほとんど哀願せんばかりなのに、リーユエンは、にべもなく、
「嫌です。人の胸を勝手に大きくしておいて、何を厚かましいことを・・・こんなに胸を大きくされたら、体の重心の感覚が狂ってしまい、棒術の修行は一からやり直しだ。本当にどうして、こんな要らないものを増やしてくれたのか」と、高祖に対して遠慮なくぶつぶつこぼしまくっていた。
内官は、会話が途切れたところで、扉ごしに、王女と客人の訪問を告げた。
高祖から「入れ」と返事があり、彼らは部屋の中へ進んだ。
広々とした円形の部屋の奥は、壁にそって長椅子が設えてあった。その前に高祖が立ち、長椅子には黒い内官服姿のリーユエンの姿があった。そして、その長い髪は、以前と同じ漆黒だった。その足元には、金眸三眼のアスラが、白く渦巻く毛並みを床に広げ、長々と伏せていた。
デミトリーは、ズカズカと侵入すると、相変わらず他は眼中にない様子で、リーユエンへ向かって
「あれ?髪色元へ戻したのか?」と、尋ねた。けれど、それには答えずリーユエンはしかめっ面を彼へ向け
「礼儀知らずめ、高祖へご挨拶くらいしたらどうだ」と、嗜めた。そこへ王女とダルディンも入ってきて、高祖へ揖礼した。デミトリーも慌てて彼らに倣い揖礼した。
高祖は、片手を上げ、
「楽にしなさい。座ってよいぞ」と、言い、すぐさまリーユエンの横にぴったり腰掛け、自分の方へリーユエンを引き寄せた。リーユエンは何の抵抗もせず、素直に抱き寄せられた。その様子を見てデミトリーは鬣が逆立つ思いだったが、父王ゲオルギリーからは、彼女の立場を考えろと、何度も言われていたのを思い出し、抗議したいところをぐっとこらえた。
てっきり一悶着あるに違いないと予想したのに、デミトリーが黙っているので、ダルディンは意外に思った。リーユエンも、同じらしく、一瞬チラッとデミトリーへ視線を走らせた。
ダルディンは、リーユエンへ
「もう、痛みはひいたのか?」と、尋ねた。リーユエンはうなずき
「ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です」と、答えたが、まだ顔色は青白く、やつれが目立ったいた。
高祖は、彼女の肩へ腕を回し、抱き込みながら、
「私が一晩中法力を流して付き添った。もう、痛みは引いている」と、付け足した。そして、
「リーユエン、王女と乾陽大公に、ふたりをここへ飛ばしてから、何があったのか話してやるといい」と、うながした。そこへ、内官がお茶を運んできたので、茶器が配膳されるまで、しばらく沈黙があった。内官が部屋から出て行くと、リーユエンは話し始めた。
「畳地連結して、殿下と王女殿下を蜃市へ飛ばしたあと、私は吐血して倒れた。そこへ、震家の男が来て、私へ震家の刻印を焼き付けた。そして、連れて帰ろうと歩かせた。私は、途中で歩けなくなって、また倒れてしまった。そしたら、マントごと引きずっていかれた」
リーユエンは、お茶で喉を湿らせると、淡々と続けた。
「私は、師父より、たとえ手が動かせず、喉を潰されようと、魔導術を発動できるよう陣の形は、すべて詳細鮮明に覚えておくようにと、教えられた。だから、あの時も、「震」の陣を頭の中で描き、発動させた。地割れを起こして、皆、地獄の底へ道連れにしてやろうと思った。けれど、力が足りなくて地割れが小さくなって、一部の者しか落とせなかった。私も、震家の奴婢に堕とされるくらいなら、潔く死のうと思い、地割れの中へ転がり落ちた。私の記憶はそこまでだ」と、終えた。
ミレイナ王女は立ち上がりリーユエンへ素早く近寄ると、高祖のことなんかお構いなしに体へ抱きつき、
「ありがとう、ありがとう、あなたのおかげで私たち殺されずに済んだのよ。あなたは、私たちの命の恩人よ。それなのに、あなたひとりを、取り残して、そんな辛い目に遭わせてしまって本当に、ごめんなさい」と、涙声で詫びた。リーユエンは、体へ回された王女の腕を軽く叩き、
「気にしないで・・・もう、終わったことだから」と、言った。
デミトリーはリーユエンを見ながら、
「そうか、あの地割れは、君が起こしたのか。でも、どうして地底に落ちたはずの君が、ここにいるんだ?」と、尋ねた。すると、高祖が、王女からそっとリーユエンを奪い返し、腕を回して抱き抱えると、
「畳地連結された衝撃が波動となって神廟に伝わったのだ。こんな大技を感知したのは、数千年ぶりであったから、術者に興味が出て、こちらへ引き寄せたのだ」と、答えた。
リーユエンは、高祖の腕を振り解き、立ち上がると、デミトリーへ跪拝叩頭し、
「国王陛下が、主代えをお認めになって、ヨークをわざわざ付けてくださったのに、こんな事になってしまい、本当に申し訳なく思っているどうか許してほしい」と、謝罪した。




