10 覚醒(3)
デミトリーは、高祖とリーユエンが立ち去って空いた長椅子に腰掛け、
「すまないが、話をする前に何か食べさせてくれ、飲まず食わずで来たから、もう死にそうなんだ」と言った。
ミレイナ王女は、女官に命じて、食べ物を大量に持ってこさせた。デミトリーは、それを、王太子とは信じられないほどの行儀悪さで、がつがつと食べ始めた。その間にアスラが、ダルディンへ、
「おまえ達を、主は魔法陣でこっちへ送った。その後、吐血して倒れたんだ。あの白装束の忍びの隊長格の奴が、主へ焼印を押していた。我はそれを止めようとしたんだが、リーユエンは我に失せろと命じた」
ダルディンは、アスラへ
「リーユエンはどうして、刻印を受け入れたんだ?」と、尋ねた。
「我は、あの尸蟲と戦っていたから、よく聞こえなかったが、乾陽大公を追跡するのをやめるからとかって、焼印を押した男が言っていた」
ダルディンは、手で顔を覆い
「やはり、リーユエンは私に危害が及ぶのを恐れて、刻印を受け入れたのか」と、呻くように言った。そして、
「こんな情けない有様で、私は伯父上に何と申し開きをすればよいのだ」と、嘆いた。
ミレイナ王女は、ダルディンに寄り添い
「そんなに悲しまないで、リーユエンはちゃんと助かったのだから」と、慰めた。
アスラは続けて
「その後、俺は面覆に戻ったから、はっきりしたことはわからないが、地鳴りがしたのは、覚えている。その後静かになった。長いこと放置されて、デミトリーが見つけ出してくれた。主の体の中に流れている陽気と、デミトリーの陽気が同じだから、すぐに彼だと分かった。そして、砂漠を横断する途中で、やっと主の生気がどこにあるのかが分かって、ここへ飛んできたんだ」と、言った。
飢えを満たし、お茶を何杯もがぶ飲みし、乾きも癒したデミトリーは、ダルディンへ
「さっき話していた刻印って何のことだ?」と、尋ねた。
ダルディンは、本当は言いたくなかったが、彼女の記憶を取り戻してくれたデミトリーには、やはり伝えておくべきだろうと考え直し
「我々を襲撃したのは、大公家のひとつ、震陽大公の手の者だった。彼女は、さきほど一緒にいた高祖によって助け出されたのだが、その時、ひどい怪我を負ったうえ、胸の玄武紋の上から、震家の刻印が焼き付けられていた」と、事実を伝えた。
デミトリーの琥珀色の虹彩が濃くなり、眸が狭まった。そして、低く唸るような声で
「俺のリーユエンに、なんてことをしやがる。絶対、許さない。八つ裂きにしてやる」と、言った。
ダルディンは、冷静な声で
「震陽大公は、齢四千三百年、巽陰大公に次ぐ長老格だ。あんな甲羅の分厚い玄武は、おまえ程度の力で八つ裂きにするなんて、無理だ」と言った。その横では、ミレイナが、愛する人のためなら、勝機のない相手にさえ敢然と立ち向かう気概をみせる、何と男らしい凡人なのかと、感動しきっていた。
「リーユエンは、何も覚えていないとか言っていたが、一体何があったんだ?」
デミトリーの問いかけに、ダルディンとミレイナは顔を見合わせた。ダルディンは、狐狸国を出発した後の、最初の襲撃から、自分と王女が蜃市へリーユエンの魔導術で瞬間移動させられたところまでを、かい摘んで話した。
ミレイナは、デミトリーへ、
「リーエンったら、凄いのよ。乾陽大公に法力を撃たせて、それを魔法陣で受け止め、そこに自分の陰気を一瞬で流し込んで魔力場を形成し、私たちを一気に蜃市まで移動させたのよ」と、話した。それを聞いてデミトリーは、
「私は、魔導術のことは何も知らないんだ。それってそんなに凄いことなのか?」と言った。
ダルディンは、「畳地二点連結法という術だが、これは通常は複数の魔導士が真言を詠唱し、巨大な魔法陣と太極石を用いて行う大掛かりな術だと聞いている。ところが、リーユエンはたった一人で、しかも長距離を一瞬で畳地連結した」と、話し、「そのために、事前にわざわざ私の法力が使えるかどうかまで調べ上げていた」と、付け足した。
するとデミトリーは、目を眇め、口元をにやっと引き上げ、ゲオルギリーの悪ぶった時そっくりな表情で、「ああ、なるほどね。了解した」と言った。
ダルディンは、内心、そんな顔を見せつけれ、もの凄く腹が立つし、悔しくもあった。けれど、デミトリーの妬心の強さと激しさを知っているだけに、明日、彼とリーユエンを揉めさせないためには、やむをえないと我慢した。




