9 黄金獅子参戦(2)
法座主は、玄武国第一位の元首だ。最高位者が姿を消したのだから、と、そこまで考えて、デミトリーは、「権力闘争が始まるのか」と、叫んだ。
嘆息したゲオルギリーは、「もっと早く気づかんか」と、言い、「すでに実際、大公家の間に怪しい動きが出ておるのだ。おまえが、玄武国から南荒へ行くために戻ってきた後、ドルチェンは瑜伽業をリーユエンと行った。その時、とんでもない量の太極石を産み出したのだ。八大公の中には、リーユエンに陰極の役を務めさせさえすれば、陽極はドルチェンが務めずとも、ある程度太極石を作り出せると考える玄武がおり、生捕りにする気のようだ」と、解説した。
デミトリーは、「リーユエンは、大公たちに狙われているのか」と、驚いた。
国王は、目を眇め横目に愚息を睨みながら、
「朕はこの事態を見越し、ヨークの主代えを認めて、リーユエンの後を追わせた。今頃は、もう、陰護衛に入っているはずだ」と、言った。
デミトリーは、父国王の用意周到ぶりに、圧倒された。自分は、このような布石を次々と打てる統治者になれるだろうか、と、いや、ならねばならないと思った。
「でも、リーユエンはどこにいるのですか?玄武国への帰路についているのでは?」と、尋ねる愚息へ、国王は、ますますしかめっ面になり
「まったく、おまえはどうしようもない間抜けだ。おまえは、リーユエンに頼まれて王立図書館へ持ち出し禁止の古書を貸し出してもらったのだろう?一体、何を見ておったのだ。どうして、リーユエンが、あの書物をわざわざ読みたがったと思っておるのだ」と、不機嫌に言った。息子のあまりの観察力と推理力のなさに呆れ返っていた。
あの時は、実際のところデミトリーは、リーユエンが王太子妃になってくれるに違いないと舞い上がっていたため、書物のことに注意を払ってはいなかったのだ。けれど、自ら王立図書館長に掛け合い貸出してもらったので、さすがに覚えていた。
「そうだ、東荒見聞録だ。そうか、リーユエンは、東荒の向こうへ行こうとしているのか。でも、どうして、そんな辺鄙な場所へ・・・」
国王は、長椅子へごろんと寝転がり、
「おまえ、リーユエンと仲良く一緒にあの本を読んだのではなかったのか」と、なじった。
デミトリーは宙を睨み、幸せの絶頂だった、桃色の霞の彼方の記憶を必死で思い出した。
「そうだ、一度、リーユエンが朗読してくれた。ウマシンタ川を越え、密林を抜け高山を登攀し、圏谷をこえ氷雪の大地を進み砂漠の高原にいたり、それを越えれば常春の国にいたる。常春の国は、東海に面し、民は大青亀の王を祀ると、そんな話を読んでくれた。でも、作り話では?」
「あの実利を求めることに長けた有徳の老師ともあろう者が、作り話に夢中になると思うのか」
ゲオルギリーに言われ、デミトリーは
「では、リーユエンは、あそこに書いてあることが真実だと思ったのか・・・でも、どうして、そんな遠方にわざわざ出かけるのだろう」と、つぶやいた。
ゲオルギリーは長椅子の上で頬杖をつき、
「おまえ、玄武の国へ滞在しておったのに、あそこの国内事情を何も学ばずに帰ってきたのか?」と、もう一発頭を叩いた方がいいのかと、考えながら尋ねた。
「玄武国というけれど、私が直に会ったのは、法座主と甥の乾陽大公とその大伯母の巽陰大公だけだった。他の大公は、凡人とは距離を置いていた。お茶会の時だって、誰も、リーユエンのところへは寄ってこなかった」
「そうだ、おまえも気がついただろう。玄武である大公家の者たちにとって、都のあるプドラン宮殿で働く凡人や、魔導士は、使役する対象でしかない。それに玄武国第二位の身分がある明妃にしたところで、彼奴らからすれば、法座主に紋を焼き付けられた奴婢も同然に思っているのだ。ドルチェンの圧倒的な法力の前に、おとなしくしていただけで、明妃のことなど尊重する気はないのだ。それに、法座主が力を失くしたも同然の今、八大公の中で最年少の乾陽大公の立場は実に危ういのだ。リーユエンは乾陽大公と行動をともにしている。朕はドルチェン閉関の知らせを送ったから、今頃は乾陽大公を連れて逃げ始めておるはずだ」




