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千年妃(異界に堕とされましたが戻ってきました。復讐は必須ですのつづき)  作者: nanoky


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8 捨心(3)

 高祖が彼女の腕をとり、助け起こした。

 ダルディンは、ふらふらと彼女へ近寄り、間近で「リーユエン」と、呼びかけた。

 煌めく紫眸が彼をとらえ、じいっと見入った。けれど、どこか望洋とした眼差しで、人形めいた表情にも、変化がなかった。

 ダルディンは、さらに近寄り、

「リーユエン、私だ、分からないのか」と、さらに呼びかけた。

 彼女は、ダルディンを見上げ、

「あなたは誰?」と、柔らかな声で尋ねた。ダルディンの眸は縦に狭まり、腕を伸ばしリーユエンの肩を掴もうとしたが、その手は高祖の手に払い除けられた。

「私の妻になる女だ。触るな」

「バカなっ、リーユエンは私の伯父の妻なのだ。あなたの妻になどならないっ」

 ダルディンは、高祖へ抗議した。ところが、高祖は、薄ら笑いを浮かべ、

「ふんっ、この者がおまえの伯父の妻だという証拠がどこにある?」と、言った。

 ダルディンは、「玄武紋が・・・」と、言いかけて気がついた。襟ぐりの大きく開いた衫からみえる胸元に、玄武紋も神聖紋も見当たらないのだ。

 「一体、あなたは、彼女に何をしたのだ。どうして、彼女は、私が誰なのか分からないのだ」

 ダルディンは、激しく動揺した。すると、高祖は、リーユエンの顔をのぞき込み

「彼があなたの知り合いだと言い張っているが、そうなのか?」と、尋ねた。

 リーユエンは、高祖とダルディンの顔を交互に見ながら、顔に微かな困惑を浮かべた。

「ごめんなさい。私は、何も思い出せない・・・」

 そう力無く答え、リーユエンは瞑目した。高祖は、彼女を抱きしめ、

「あなたは重い病にかかったのだから、仕方ない。無理に想い出そうとする必要はない」と、優しく宥め、彼女を椅子へ導き、かけさせた。そうして、高祖は再びダルディンへ向き直った。

 ダルディンは、高祖へ詰め寄り、

「どうして、彼女は思い出せないのだ。一体、リーユエンに、あなたは何をしたのだ」と、詰問した。

 高祖は、皮肉げな笑いを浮かべ、

「換骨変易法を行うと言ったであろう。体をすべて作り直したのだ。凡人では、なかなか良い仕上がりになることはないのだが、リーユエンは、ほぼ元通り、いや、元通り以上の出来上がりだ」と、自慢げに言った。

「あなたは、リーユエンから記憶をすべて奪ったのか」と、ダルディンは相手の法力の強さなど念頭から消し飛んで、さら問い詰めた。

「記憶を奪った?それは違う。奪ったのではない。自ら捨て去ったのだ」

 高祖は、怒る風もなく冷静に言った。一方、ダルディンは、ますます冷静さを失った。伯父の妻であるリーユエンを、玄武の国へ無事に連れて帰らねばと思い詰める彼には、高祖の言葉の意味を理解することはできなかった。ダルディンの様子を観察する高祖は、彼へ

「私の言うことが、おまえには理解できないようだな。よかろう、おまえにも分かるように説明してやろう。手を出すが良い」と、ダルディンへ呼びかけた。高祖が先に差し出してきた手へ、ダルディンは目的もわからないまま自分の右手を差し出した。高祖は、彼の手を握った、すると、凄まじい激痛に襲われ、ダルディンは苦悶の呻きを上げた。

(な、なんだ、この痛みは・・・)

それは、全身の肉を切り裂かれ、焼き尽くされるような激痛だった。

 高祖は、ダルディンの目を見据え

「おまえが今味わっている苦痛は、リーユエンが胎包の中で味わった苦痛なのだ」と言い、やっと手を離した。すると、激痛は嘘のように消えた。

「リーユエンが、味わった苦痛・・・」

 痛みの消えた手のひらを見ながら、ダルディンは呆然とつぶやいた。

「そうだ、換骨変易の法は、肉体を熔融し、作り替える術だ。肉体を溶融するのだから、苦痛があって当然だ。それも一度で済むのではない。これほどの苦痛、凡人には耐えられない。そのまま命を失うか、恨み執着に囚われ、魔に変じる者さえいる。玄武であってさえもだ。その苦痛をやり過ごすため、リーユエンは捨心したのだ。己の記憶も感情もすべて捨て去り、己を消し去ることで、ようやくこの苦痛を乗り越えたのだ」

 ダルディンは、ようやくリーユエンが記憶を失った理由は理解した、けれど

「彼女は、記憶を取り戻すことはできないのか?」と、尋ねずにはいられなかった。

 その質問に、高祖は肩をすくめ、

「記憶も感情も、リーユエンをリーユエンたらしめていたものは、すべて、私の紋を通して、私が写しを持っている」と、言った。ダルディンは思わず

「それならば、その写しを彼女へ戻してくれ」と言った。高祖は、冷然とした表情で、

「そなた、分かっておらぬな。記憶を返せば、また、この苦痛の記憶が甦るのだぞ。やっと苦痛を乗り越えたばかりの者に、再びあの痛みを味わえと強いるのか」と、諭した。

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