8 捨心(2)
次の日、ミレイナ王女は、神廟から出てきた内官を捕まえ、自身の殿舎まで連れていき、柱へ縛りつけて詰問した。けれど、内官は首を振り、王女へ、
「殿下、どうか、ご容赦ください。神廟内の事を漏らそうものなら、私めの首が胴から離れてしまいます」と、哀れな声で訴えた。
それでも王女は、「お願い、絶対秘密にするから、どんな様子なのか教えてちょうだい」と、頼み込んだ。けれど、内官は黙りこんで、唇をぐっと噛み締めた。
王女のそばから、ダルディンも内官を覗き込み、
「残念だが、もう、この殿舎に引きずりこまれたからには、それを高祖が知ろうものなら、実際に秘密を漏らした、漏らさずに関わらず、おまえは無事ではすまないだろう」と、穏やかに話しかけた。
内官は、震え上がった。
ダルディンは、わざとらしくため息をつき、
「私が知りたいのは、高祖がおひとりなのか、そうではないか、という事だけだ。それさえ、分かればよいのだ」と言い、ゆっくりと、「お一人なのか・・・違うのか」と、内官の顔を見つめながら尋ねた。
内官は、違うという言葉に、眸を激しく動かした。それで、ダルディンは、王女へ、
「もう、解放してもらって結構だ」と、告げた。
内官が大慌てで出ていってしまうと、ダルディンは王女へ、
「高祖の他に神廟に誰かがいるようだ」と、告げた。王女もうなずき、
「お父様とお母様に、もう一度神廟への立ち入り許可をかけあってみるわ」と、言った。
二人は王と王妃へ会うために、王宮へ急いだ。すると、侍従が待ち受けていて、
「今から、お二人をお呼びしようと思っていたところでした。お急ぎください。高祖がこちらへお越しになられます」と、声をかけた。ダルディンと王女は顔を見合わせた。
王女は、侍従へ
「大お祖父様は、おひとりでいらっしゃるの?」と、尋ねると、侍従は、
「いえ、もうお一人お客人をお連れになるそうです」と、答えた。
王と王妃は、王宮内の客間のひとつで、待っていた。
王妃は、二人の姿を見ると微笑み
「ちょうどよいところへ来てくれたわ。高祖が、久しぶりにお茶を楽しみたいとおっしゃって、もうすぐお出でになるの。紹介したいお客人がいらっしゃるそうなのよ」と言った。
高祖は、蜃市で最も高貴なお方ではあるが、現在は神廟に隠棲の身であり、官位もないので、訪問といってもあくまで私的な形となる。高祖自身も儀式ばったことを好まないので、今日もそれほど広くない客間を使い、ごく普通のお茶会といった様子だった。そこへ、侍従が、高祖と客の来訪を告げた。
そして、すらりと背の高い若々しい高祖は、その横に白いヴェールで頭から全身を隠した客を伴い、部屋へ入ってきた。高祖は、その者を満足げに見下ろし、腕を背中から腰へ回して、抱え込んでいた。明らかに、二人は親しい間柄に見えた。
ダルディンは、椅子から立ち上がり、
「リーユエン・・・」と、声をかけたが、反応がなかった。それに、自分の知るリーユエンの霊気とは、何か異なる霊気が、その者からは見えた。
高祖が姿を現すや、皆が立ち上がり、揖礼した。高祖は、手をふり、
「楽にしてくれ。そなたたちに紹介したい者がいて、連れて参った」と、言いながら、白いヴェールを取り去った。そして、
「この者を、私の妻に迎えることにした」と、宣言した。
ヴェールを取り払うと、そこには、高祖と同じ、白金に輝く長い髪、そして白く透き通った肌に煌めく紫眸の女人が立っていた。その女人は跪き、皆へ向かって深々と頭を下げた。それは、髪の色こそ違っていたが、間違いなくリーユエンだった。
ダルディンは、衝撃のあまり言葉を失った。彼だけではなかった、その場にいた者はすべて言葉を失った。純白の長衣と襟元の開いた衫と裙もすべて白ずくめの、その凡人の女は、大層美しく、嫋やかだった。
国王も、魂が抜けたように、彼女に見惚れ、王妃が咳払いするのに気がつき、ようやく正気へ戻る有様だった。
ミレイナ王女も、驚愕し、一瞬思考が止まった。あの黒づくめの服装で、髪も短く、顔に傷があったリーユエンと、目の前の嬋娟嫋々たる絶世の美女が同一人物だとは、にわかに信じがたかった。けれど、その印象深い紫眸は、明らかにリーユエンと同じだった。




