8 捨心(1)
胎包は、それから半月すぎた頃、突如静かになった。光の明滅は止まり、胎包の外殻越し伝わってきた、溶融した体の蠢く気配が絶えた。
ある日の早朝、高祖は、胎包をしばしじっと見上げ、様子を探り、
「そろそろ、胎包を開けてみるか」と、つぶやいた。
ミレイナ王女と乾陽大公を呼び寄せ、二人が立ち会うもとで胎包を開けてみようかとも考えたが、万が一、変わり果てた姿をさらせば、二人には受け止め難い衝撃となるかもしれない。その事を危ぶんだのと、久しぶりに施した高度な術の結果を、ただひとりでじっくり見届けたいという思いもあり、結局、自分以外誰もいない場で、開封してみることにした。
高祖は、白い胎包を、法術で床までそっと下ろすと、静かに近寄り、呪を唱えながら、繭のような胎包へ、手刀をすっと横へ走らせた。そして、上側の胎包の殻を取り除いた。水が流れ出し、中には女がひとり横たわっていた。長い髪は、足の爪先にまで届き、体を守るかの様に絡みつき、白金の輝きを放っていた。その肌は、色は抜けるように白く、白磁のようなしっとりとした艶があり、形のよい額に弧を描く眉、黒く長いまつ毛に縁取られた目を瞑ったままで、すうっと通った鼻筋の下に、艶やかな唇がほんの少し開き加減で、微かな息があった。首筋から肩にかけてなだらかな曲線をえがき、胸には、双丘が愛らしく桜色の先を覗かせていたが、髪に覆われ半ばしか見えない状態だった。
高祖は、想像以上の仕上がりに、深く感動した。凡人の体で、まさか、これほどの出来栄えになるとは、と、齢一万年の威厳すら忘れてはしゃぎたい気分だった。そして、以前は貧相だった胸元を、自分の考えで、ここだけは女らしく仕上げたので、もう少し出来栄えを確認したいと思い、胸元を覆う白金の髪をひとふさ手に取り持ち上げようとした。その時、「うぅん」と微かな呻き声が聞こえ、はっと手を止め、彼女の顔をのぞき込んだ。すると、形よく弧を描く眉がかすかにひそめられ、長いまつ毛が震え、目が開いた。
「・・・・・・」
高祖は、髪を取り落とし、その開いた双眸、輝く紫眸を、ただじっと見入った。きらきらと、冷たい空気の中を漂う微細な氷片のように、輝く紫の眸、それは玄武の女には決して真似できない、情がなせる煌めきだった。
「凡人の女とは、これほど美しく愛おしいものなのか」
高祖の口から、低いつぶやきが漏れた。
何事にも心を動かされることのない、神にも等しいはずの青玄武の高祖は、この時、女人の紫眸に心を絡め取られてしまった。高祖は、彼女を抱き起こし、その唇へ、そっと自身の唇を触れ合わせた。並の玄武には達し得ない恐るべき法力を有する高祖は、彼女の口元から誘涎香血の得も言われぬ芳香を感じ取り、陶然となった。高祖は、この花を欲しいという抑え難い衝動に駆られ、ついに花を手折ってしまった。
その日から、高祖は神廟への立ち入りを一切禁じた。
そして、一月も過ぎようという頃、ダルディンは、いつまでも閉ざされたままの神廟の様子に、胎包に異変が生じたのではないかと、懸念を強めた。ミレイナ王女も、リーユエンの事が気になり、王と王妃へ何度も神廟へ立ち入る許しを求めたが、高祖からの許しがないからと、断わられた。
ミレイナは、宮殿の方々へ探りをいれ、分かったことをダルディンへ教えてくれた。
「神廟は立ち入り禁止になっているのに、神廟つきの内官は出入りしているのよ。それに、食べ物だとか、女物の衣装とかも届けているようなの」と、いい、「絶対、変だわ。大お祖父様は、何か隠していらっしゃるに違いないわ」と、王女は結論づけた。
ダルディンは、王女の言葉にしばし黙考し、
「女ものの衣装?まさか、リーユエンは胎包から出てきているのでは?」と、疑念を抱いた。
王女もダルディンの意見にうなずき、
「そうね。でも、もう出してあげたのなら、どうして大お祖父様は、彼女を隠しているのかしら・・・そうだっ、内官を捕まえて詰問してみましょうよ」と、言い出した。ダルディンは、強行手段に訴えることなく、穏便に神廟へ立ち入り、リーユエンの様子を確認する方法はないものかと考えたが、いい方法を思いつかず、王女の思いつきを試してみることにした。




