7 換骨変易の法(5)
ダルディンは繭を見上げ、半月後あるいは一月後に、果たして本当に、リーユエンの無事な姿を見ることができるのだろうかと、危ぶんだ。
高祖は、ダルディンの隣に立ち、
「見ろ、胎包が発光している。あの中で、あの者の体は熔解した状態にある。そこからすべて肉体を作り直すのだ」と、言った。
それを聞いたダルディンは、戦慄き、「熔融しているのか」とつぶやいた。体がそんな状態になって、どうやって生きているのだろうと、衝撃を受けたのだ。
高祖は、天候の話でもするような何気ない口調で、
「そのための胎包だ。あれが解け崩れた体と外界との境界なのだ」と言い、それからダルディンを横目で見ながら、「おまえは、あの女と同衾したのだろう?」と、小声で言った。
ダルディンは、いきなり言われて、肩がビクッと跳ね上がった。その様子を見て、高祖は、クククッと喉を鳴らし笑った。
「その様に、びくつくな。別に責めているわけではない。おまえが、伯父の女に手を出そうが、そんなことは私の関心ごとではない。私が言いたいのは、そのおかげで、おまえとミレイナが命拾いしたということだ」と、続けた。
ダルディンは、その言葉に、高祖の顔を見た。高祖の端正な顔は、至極真面目な表情で、揶揄いは一切なかった。
「どういうことですか?」と、尋ねると、
「ミレイナとおまえは、氷雪大地から一瞬でこの蜃市へ移動してきたのだ。それはわかっておるのだろう」と、言い、ダルディンがうなずくと、
「それは、あのリーユエンとやらが、畳地二点連結を行なって、おまえたちを一瞬で移動させたからだ。リーユエンは、以前にも畳地二点連結を行なったことがあるだう?」と、尋ねた。
ダルディンはうなずき、
「以前、南荒へ行く道中で行なった。けれど、あの時は、ヨーダム太師とふたりで行なった」と、答え、そして「どうして、そんなことをあなたが知っているのだ?」と、尋ね返した。
高祖は、「紋を入れた以上、知っていて当然だ。私は、あの者のすべてを知っている」と、答え、それから「畳地連結をたったひとりで行うなど信じ難かったが、やっと謎が解けた。リーユエンはまったくとんでもない天才だ」と、目を輝かして言い出した。
「天才、そうですね、あの子は、魔導士学院創立以来の神童と言われていました」
彼女が褒められ、嬉しくなりダルディンは少し自慢げに言った。すると、高祖はうなずきながら、
「そうであろうな。以前行った畳地二点連結には、太極石を用いていた。空間を連結し、瞬時に移動させるには、大量の魔力を一瞬で発生させる必要がある。太極石があれば、それは可能だが、氷雪大地では太極石を用いていない」と言った。
ダルディンは、魔導学については、素養はあるが、専門的なことまでは詳しくなかった。
「太極石は持っていなかった。けれどリーユエンは、実際に私たちをここまで移動させた」と言いながら、どうやってそんな事を可能にしたのか不思議でならなかった。すると高祖は、
「おまえへ、法力を寄越せと言ったのだろう」とヒントを出してきた。
ダルディンは、記憶が甦り、目を見開いた。
「確かに、あの時、私へ法力を最大限放つように言った」
高祖は、「自身の陽気を盾とし、法力を受け止め、陰気を一瞬で流し込み、強い魔力場を作り出し、それによって、二点連結を可能にしたのだ。蜃市は、ミレイナが生まれ育った故郷だ。彼女のいく先の望みには、ぶれがまったくない。おまえとミレイナは、その魔力場に巻き込まれ、この蜃市へ一瞬で移動できたのだ。ひとつでも、手順とタイミングが合わなければ、成功しない危険な術だ。まさに命懸けで、おまえたちをここへ飛ばしたのだ」
ダルディンは、あの一瞬でそんな高度な魔導術を展開していたと知り、あらためてリーユエンの魔導士としての凄さを知った。
高祖は、「おまえと同衾し、おまえの法力へ自分の陰気を流し込む修練を密かに行っていたのだ。まったく用意周到な女だ」と、語った。
ダルディンは、その言葉に瞬間冷凍状態になった。狐狸国で、情に潤んだ目に見つめられ、ふらふらと自制を失った自分自身を猛烈に恥じ、そしてリーユエンは非情だと詰りたくなる気持ちを必死で押さえつけた。道中で何度も法力を使いすぎるな、温存しろ、と言われ続けた、その理由も初めて理解した。けれど、リーユエンが非情だとしても、それによって九死に一生を得たのだ。それに彼女は、そのために命懸けで術を発動させたのだ。今さら真相を知ったからといって、どうして彼女を非難することなどできるだろうか。




