7 換骨変易の法(4)
国王と王妃との謁見を終えた後、ダルディンは、ミレイナ王女に案内され、迎賓館の一室に落ち着き、ようやく一人になれた。そして、寝台に座り込むと、深々とため息をついた。
蜃市に到着してから怒涛の展開続きで、疲れ果てたのだ。そして、はっと気がついた。金杖王国にたったひとりで、あのような状態で送り出されたリーユエンは、自分どころではなく疲れたに違いないと・・・自分自身が見知らぬ王族とのやり取りで、これほど心労を感じるのだから、あの時体調も万全でなく、身分すら失っていたリーユエンが、気疲れしないはずがない。そのことに、今になってやっと気がついたのだ。そして、もっと労わってやればよかったと、強く後悔した。
(リーユエンは、普通はできないようなことでも難なくやってしまうから、できて当然だと思っていた。実際は、他人に言わないだけで、辛いことも多かったはずなのに、そのことをよく慮ってやらなかった。金杖王国から出奔した理由を、もっと詳しく聞いてやるべきだった)
そう気がついたものの、リーユエンは、この国の高祖が連れ去ってしまった。彼が施す術によって、体が回復するまで会うことはできない。次に会う時は、もっとじっくり話を聞いてやろうと、ダルディンは決心した。しかし、思いがけない展開となり、その決心はあえなく潰えた。
高祖に抱かれ神廟の中へ運ばれたリーユエンは、法力によって作られた胎包の中へ閉じ込められた。胎包の中は、先ほど浸かった瑤池のような温水に満たされ、その中で体は揺蕩っていた。高祖は、繭に似た形の胎包の外側で、複雑な印を次々に結び真言を唱えた。法力が雷電となり、何度も胎包を直撃し、紫や青の電光が走り、火花が散った。
リーユエンを包みこむ水は突如煮えたぎる熱湯となり、さらに温度を上げて赤くドロドロと蠢く溶岩となり、その身を焼き尽くそうとした。苦痛に身をよじっても、逃げ場はなく、骨まで溶け落ちたと思ったら、いつのまにか体はまた元にもどり、同じことが繰り返された。その間中、脳裏に様々な情景が映った。自分を異界へ投げ込んだ紫牙の長老の恐ろしい姿、剣を胸に突き立てられ絶命した母の姿、異界の劫火や血を求めて群がり貪る忌まわしい魔獣の姿、銀針を差し込めと命じ主代えの血署を強いたソライの姿もあった。もう過去となった出来事が、生々しく、いま現実に起こっているかのように、リーユエンを再び苦しめた。猊下へ助けてと訴え、叫んでも、何の反応もなく、リーユエンは絶望した。デミトリーすら突き放し、猊下だけを信じていたのに、この最も苦しい瞬間、猊下は手を差し伸べてはくれないのだと、それならば、もう、自分は現世になど何の未練もないのだから、消えてしまおうと思った。そして、リーユエンは、記憶も、その時感じた思いも、何もかもすべて捨てて、自分を消し去った。
数日後、高祖から許可がおり、ミレイナ王女とともにダルディンは、神廟へ参内した。高祖の神廟は、八角形の屋根の上に宝珠形の屋根をいただき、その両側には、緩やかな円を描く、回廊つきの棟が広がっていた。
八角堂の中へ入ると、伽藍とした部屋の中は薄暗くその中に白い繭が浮かんでいた。大きさは一丈余りで、空中に浮かぶ繭は、ときどき眩い光を発し、激しく明滅した。
繭を見上げるダルディンへ、いつの間にか現れた高祖が、
「あれは、私の法力で作り上げた胎包だ。あの中に、リーユエンがいる」と、話しかけた。
ダルディンは高祖を振り返り「彼女は、あの繭からいつ頃出られる?」と、尋ねると、
「そうだな、半月から一ヶ月の間だ」と、答えが返ってきた。
思った以上に時間がかかる事がわかり、ダルディンは落胆した。
高祖は、笑みを浮かべ、「会えなくても辛抱することだ。術を始めた以上、あの繭は途中で開けることはできない」と、言った。




