1 乾陽大公ダルディン(4)
「離宮?あの長らく使われていなかった廃墟にか?」
カーリヤは、お茶を一口飲んで喉を湿らせると、しかめっ面のまま
「最後の明妃がお亡くなりになった後、離宮は長らく主不在のまま廃墟と化していた。ドルチェンは、手入れをするよう宰相へ命じて、おまけに凡人の子供は体が弱いからと、法力で、温泉まで湧き出させたんだよ。あの場所に温泉脈なんてなかったはずだから、どこからか、温泉脈を移したんだろうね」と、話した。
ダルディンは、目を開け口を開け呆然となった。
伯父の法力の桁違いの強大さは、玄武一族の間では知られたこととはいえ、まさか、たった一人の子供のために、地下から温泉脈まで移して、離宮に温泉を湧かせるなんて、することが桁違いすぎると思った。
「それでは、今、離宮は機能しているのですか?」と、恐る恐る尋ねるダルディンへカーリヤはため息をつき
「私がウラナを侍女頭として赴任させるように、猊下へ言っておいたから、今頃ウラナが行って何とか仕切っているはずだけれど、どうだろうね。何しろ、大平原から来た誰も知らない凡人の子供へ仕えろというのだから、無茶な命令だ。ウラナはともかく、他の使用人が、その子の言うことを聞くかどうか、怪しいもんだよ」と、投げやりな調子で言った。察しのいいダルディンは、カーリヤがなぜ自分を呼び出し、こんな話をし始めたのか見当がついて
「俺でよければ、こっそり様子を見てこようか?」と、遠慮がちに尋ねた。すると、カーリヤは明るい表情となって笑いながら、
「そうしてくれるかい?使用人たちに知られないように忍び込んで、様子を見守ってくれるかい?」と、言った。ダルディンは、うなずき、
「ええ、隠形して忍び込みます。どうせ、使用人の中には、他の大公が間者を紛れ込ませているのでしょう。俺がこっそり見に行っても、誰も文句は言えないはずだ」と言った。
カーリヤは「ドルチェンに気づかれないようになさい。猊下は、あの子供に並々ならぬ執着があるようだからね。お気に入りの甥子といえども、子供を害すると思ったら、容赦ないと思う。本当に用心するんだよ」と、真剣な様子で言った。
「わかった。用心するよ」
ダルディンは、そう答えたもの、その時は、カーリヤの忠告を、まだまだ軽く考えていた。
翌日、隠形術をかけたダルディンは、離宮の中庭へ忍び込んだ。
(本当だ。廃墟になっていると聞いていたが、庭はずいぶん綺麗に手入れされているじゃないか)
玄武の国では珍しい繊細な姿の草花が上品に植えられ、小川を流れる水を触ると温かった。周囲を見回すと、中庭の奥まったところから、湯煙が上がっていた。
(温泉って、あれがそうなのか)と、興味をひかれ、その方向へ歩いていった。
庭の一角に流紋岩の石組みで作られた露天風呂があり、そこから温泉が湧き出ていた。もうもうと白い湯気が漂う中、温泉の周囲を下男がふたり、草むしり中だった。
「あんな痩せこけて、火傷だらけの不細工なガキひとりのために、温泉なんて、猊下は正気なのか?おまけに、あのガキときたら、東屋で座り込んで、ブツブツひとりごとばかり言い続けて、気味が悪いったらないぜ」
引きちぎった雑草を、編み籠の中へ投げ込みながら、下男のひとりが言った。
もうひとりが、「おい、そんな事を大声でしゃべるな。今度ここへ来た侍女頭は、大層厳格だそうだ。そんな態度を知られたら、罰を受けるぞ」と、忠告した。けれどもう一人は
「罰だと?、そんなもんが何だ。あんな薄っ気味の悪いガキに仕えるよりゃ、そっちの方がいいかもな」と、嘯いた。
ダルディンは、眉をひそめ(生意気な奴だな。これほど主を侮る態度をとるとは・・・この離宮を掌握するのに、ウラナでも難儀しているかもしれないな)と、思った。すると、そこへ、ウラナが突然現れた。
「そこの者」と、ウラナは氷点下の声で、下男を指差し、
「荷物をまとめて出てお行き、おまえは馘です」と、宣告した。
下男は、ビクッとしたが、揉み手をしながら、
「ウラナ様、お許しください、つい、無駄口を叩いてしまって、もう二度と言いませんから」と許しを乞うた。実際、ここの給料は相場より高いので、本音では下男を続けたかったのだ。けれどウラナは、
「リーユエン様より、不服従な態度をとる者は、即刻馘にするよう申しつかっております。不服従な者に、高い賃金を払う必要はないと、あのお方は私におっしゃいました。ですから、おまえは馘です」と、はっきり告げた。
その様子を見たダルディンは、
(へえ、随分割り切った態度だな。リーユエンっていうのが、その子の名前なのか)と、思った。東屋にいると下男が言っていたのを思い出し、そのリーユエンを見るために、ダルディンは東屋へ向かった。
中庭の真ん中あたり、小川を引いて造った池があり、その岸辺から、池へ突き出す形で、東屋が建ててあった。六角屋根の下、黒い漆塗りの柱は、磨かれて鏡面のように艶があった。広々とした東屋の中には、長椅子と長テーブルが置かれ、長椅子に、黒い魔導士服姿の小柄な子供が結跏趺坐していた。目には包帯が巻かれ、左側の顔には、その包帯からはみ出るほどの焼け爛れた痕が見えた。




