7 換骨変易の法(2)
リーユエンの肌を覗き込んでいた高祖は、突然鼻を蠢かし、目を細めた。
「芳しい香がする。何なのだ、この香りは、ああ、魂がもっていかれそうな、天上の香・・・」と、つぶやき、鼻先をリーユエンへ近づけた。
ダルディンは、思わず、リーユエンと高祖の間に入り込み、近づけまいとした。
高祖は、眉をしかめ、
「無粋な奴だな。匂いぐらいかがせてくれ。一体、何の香なのだ?」と、問うた。高祖の物言いは穏やかだが、その体からは一万年を越える長命者ならではの、法力が放射され、その圧の強大さに、弱冠五百歳のダルディンは圧倒された。それでも
「高祖、どうか、ご容赦ください。彼女は、私の伯父が心に決めた女人なのです」と、必死に抵抗した。けれど高祖は、ダルディンの抵抗などまるで頓着することなく、
「いい匂いがするのだから、仕方あるまい。この匂いが何なのか、私は確かめたいのだ」と、さらに近寄った。
ダルディンはこれ以上はもう止められないと諦め、「それは、恐らく誘涎香血の匂いでしょう。彼女の血は、化生のものを惹きつけるのです」と、答えた。高祖は、驚き、動きを止めた。そして、ダルディンへ視線を移し、
「いま、誘涎香血と言ったのか?」と、尋ねた。
「そうです、リーユエンの血は、誘涎香血なのです」
すると、高祖は、突然厳しい声で、
「この女には、いまここにいる三人以外、誰も近づけてならない」と、言い渡し、召使をすべて部屋から退出させた。そして、
「では、この女は生き神なのだな。誘涎香血を持つ生き神など、どうの昔に絶えたものだとばかり思っておったが、残っておったのか。実におもしろい。よかろう、この女なら、換骨変易に耐えられるかもしれない」と、つぶやいた。
そのつぶやきが聞こえたミレイナ王女は、
「では、リーユエンを助けることができるのですね」と勢い込んで尋ねた。
高祖は、王女を見下ろし、
「見込みはある。ただ、非常な苦痛と、恐怖を伴う。凡人では、それに耐えられない。それに、自分自身の執心や欲に負けてしまう者もいる」と、答えた。そして、寝台のそばの椅子に腰掛け、リーユエンの顔を見ながら、
「この者を神廟へ連れて戻る。そうだな、半月から一ヶ月の間、私の法力で胎包をつくり、その中でもう一度体を作り直してみよう」と、言った。
ミレイナ王女は、「大お祖父様、リーユエンの内傷は綺麗に治せるのですね」と、嬉しそうに言った。高祖は端正な顔に笑みを浮かべたが、答えは微妙だった。
「内傷は元通りに治せるだろう。しかし、すべて元通りになるかと問われたら、それは保証できない。体の中身をすべて入れ替えるも同然の術だから、今までとはまったく違う姿になる場合もある。何より、本人が痛みや恐怖、自分自身の欲に負けてしまえば、体は歪み、人ではなくなってしまうかもしれない」
ミレイラは、「大お祖父様の施す法術ですもの、大丈夫だわ」と、無邪気に言った。けれどダルディンは、簡単な術ではないように思え不安が募った。
高祖は、青みがかった翡翠色の眸を半眼に隠し、
「この者は生き神だ。生き神の心の有り様は、凡人のものとは異なる。実際、ひどい内傷を負いながら、術を発動させ、そなたたち二人を氷雪大地からこの蜃市まで移動させたのだ。凡人にはできない業だ。だから、見込みはあると思う。いずれにしろ、このままでは死んでしまうのだから、生かしておきたいのなら、試すしかあるまい」と、言った。それから、ダルディンの方を見て、
「換骨変易法を行うには、私の紋をこの者の体のどこかに入れることになる」と告げた。
ダルディンは、はっとして顔を上げた。
「あなたの紋を彼女へ入れてしまうのか?」
青みがかった翡翠色の目が、ダルディンをじっと見下ろした。そして
「そうだ、紋を入れなければ、術を施し完成させることができない。目立つ場所には入れないつもりだ」と、言い足した。ダルディンは拒絶したかったが、リーユエンの命を助ける方法を他に思いつけない以上、諦めるしかなかった。
「分かった。あとで、本人が悲しまないように、目立たぬ場所へ入れてくれ」としか、言えなかった。




