6 尸蟲の術(1)
リーユエンは、ミレイナの顔をジイッと見つめた。宝石のように輝く紫眸に見つめられ、ミレイナは胸が高鳴った。女であるはずのリーユエンに見つめられて、いくら眸が綺麗だからといって、なぜ胸が高鳴るのかしらと、ミレイナは不思議に思ったが、そう思っても胸は勝手に高鳴るのだった。
リーユエンはニイーッと笑い、
「王女殿下は、大公殿下に興味があるのね」と言った。
ミレイナは顔を赤らめ
「いえ、別に興味ってほどは・・・」と、言ったけれど、リーユエンは、身を乗り出し、
「大公殿下は素敵でしょ。顔は精悍で男らしいし、鷹揚で優しい人よ。私の主の若い頃にそっくりなのよ」と、嬉しそうに言った。
「はあ?私の主・・・」
ミレイナは、乾陽大公の恋人だろうとばかり思っていたリーユエンには主がいるのかと、意外に思った。
リーユエンは、ふっと微笑んで、
「私の主はね、北荒玄武の国の法座主ドルチェン猊下なの」と、言った。
東海海上にある蜃市の城の中で育ったミレイナは、東海以外の世界のことを何も知らなかった。リーユエンの言う北荒も、ただ漠然と、どこか北の方角にある国としてしか理解できなかった。
リーユエンは、続けて
「私は、もともと東荒のウマシンタ川のあたりにいたんだけれど、魔導士になろうと思って、玄武の国へ知り合いと一緒に旅をしたの。それで、魔導士になるつもりが、どうしたわけか法座主猊下に気にいられて、明妃になれっていわれたの。それに体に玄武の紋まで焼き付けられて、玄武の一族からは猊下を誑し込んだ奴婢だって、散々悪口を言われてきたの。でも、猊下が勝手に私のことを好きだって言い出しのよ、私の方から誘惑なんかしてないもの。それに奴婢だっていうけれど、私は自分で儲けた金で玄武の国へ行ったのよ。売られてきたわけじゃないのに、失礼な連中よ。まったく」
と、ぶつぶつ言い出した。
ミレイナには、何のことだかさっぱり分からない話だったが、辛抱強く聞き続け
「乾陽大公は、どうして狙われているの?」と、尋ねた。
うつむいてぶつぶつ言っていたリーユエンは、顔をあげ、ミレイナがまだ自分を見ていることに気がつき、
「あっ、ごめん。分かりにくいよね。ええっと、玄武の国は、凡人が大勢住んでいるのだけれど、法座主と八大公という人たちがいて、その人たちは皆玄武の一族なんだ。法座主は、都のプドラン宮殿に住んでいて、あとの八大公は、それぞれ領地を持っていて、都にも屋敷がある。それで、乾陽大公は、法座主の弟の息子なんだ。百年前に法座主の弟、つまり乾陽大公のお父上は亡くなった。それで、乾陽大公を継いだのがあの方だ」と、説明すると、リーユエンはミレイナに
「王女殿下はお歳はおいくつですか」と、尋ねた。
ミレイナは「私は、だいたい二百歳よ」と、答えた。
「二百歳・・・たしか玄武が人形を取れるようになるまでに百年、法力を溜め込むための甲羅が出来上がるのが、一千年って聞いた」と、リーユエンは言った。
ミレイナは、「へえ、そうなんだ。そんな話初めて聞いたわ。でも、そうね、人形になるには、生まれてから百年ほどかかったわ。その時は、家族が着物を作ってくれて、お祝いしてくれたもの」と、言った。
リーユエンは、ミレイナへまた微笑みかけ、
「ご家族みんな、仲がいいのね」と言うと、顔の表情が曇った。
「八大公と法座主の関係は微妙だ。明妃が長い間空位だったうえに、やっと決まった明妃が、玄武でなくて、凡人だったから、皆、はっきり口にはしないけれど、法座主に不満をもっていた。それが、最近、法座主が閉関したために、力関係が急変してしまった。一部の権力志向の強い大公が結託して、法座主の追い落としを企んでいる。そのために、法座主の出身家の現当主である乾陽大公を暗殺して、力を削ごうと企んでいる」と、言った。
「分かった。よくあるお家騒動よね。うちは、もうそんなバカなことを考える人たちはいないわ。でも、あなたと乾陽大公はどういう関係なの。はっきり言わせてもらうと、あなたたち、まるっきり恋人同士にしか見えないわよ」と、王女はきっぱり言い切った。
「恋人同士?大公殿下と私が・・・」
リーユエンは首を傾げた。そして声を小さくして、
「私は、玄武の国へ来た頃、非力だった。小金は持っていたけれど、それだけで、魔導士学院でも、法座主が用意してくれた住まいでも、たびたび危険な目にあった。その時、大公殿下が私の身を守ってくれていた。何度も助けてもらって、とても感謝していたけれど、隠形術でいつもお姿が見えなかったから、最近になるまで誰だったのかが分からなかった。大公殿下が守っていてくれたのだと分かって、何か恩返しがしたくて・・・でも、何も返せるようなものがなかったから、つい、一緒に寝てしまったの」と、言った。
ミレイナは、もう訳が分からなくなった。
「寝るって、それって・・・・」
リーユエンは、視線を逸らし、
「あんな事やこんな事するのは、結構自信があったから、これなら満足してもらえて恩返しになるかなあと思って・・・」と、言った。




