5 襲撃(9)
震家工作部隊長のレムジンは、彼らを追跡し続けていた。ウマシンタ川の周辺に広がる深い密林の中、たびたび追跡目標を見失うことがあったが、そのたびに震陽大公と瞑想を通じて連絡を取ると、大公から正確な場所を知らされた。
ある日、レムジンは、乾陽大公は玄武国から何万里も遠方にいるにも関わらず、その居場所を、大公が知っていることを不思議に思い
「お祖父様は、乾陽大公たちの位置を、どうやって正確に把握されているのですか」と、尋ねた。すると大公は、
「遠見蟲を忍ばせておるから、奴らの場所は手に取るように分かる。それに、この遠見蟲は特別なのじゃ」と、得意げに種明かしした。レムジンは、
「リーユエンは魔導士でしょう?遠見蟲が飛び回っていたら、気がつくのでは?」と、尋ねた。すると大公は、
「特別だと言ったであろう。尸蟲の術とあっては、魔導士であろうとも気付けぬわ」と、言い、「レムジン、この密林を抜けてしまうと、わしの法力では瞑想を行なっても、おまえと連絡を取り合うのは難しい。このあたりが最後の連絡となる。だから、おまえに伝えておく。わしは、尸蟲の術でもって、あやつらの様子をずっと見張っておった。リーユエンは、もう毒がかなり体に回っておるから、ほとんど術は使えぬ状態だ。だから、あとは、乾陽大公を弱らせればよい。あやつらの話によれば、密林を抜け、山を下ると大峡谷へ出るらしい。そこで、蟲を使って何度も攻撃を仕掛けろ。乾陽大公といえども何度も襲撃にあえば、そのうち法力が減ってしまうはずだ。同世代の中では抜きん出ているといっても、所詮、齢五百の若輩だ。いつまでも法力が持つはずがない。そして、大峡谷を抜けると、氷雪地帯へ入ると聞いておる。そこで、尸蟲の虫を羽化させ、あやつらを襲わせるのだ。今から、羽化させるための真言をおまえに教える」
真言を教えられ、それを完璧に唱えられるまで、何度か大公が聞く中で練習させられ、ようやく瞑想を終えたレムジンは、ゆっくり立ち上がった。
(尸蟲の術だと・・・それを生きた人間に使うなんて、邪術もいいところだぞ。お祖父様の術はもはや妖術だな。こんなものを羽化させたら、あいつらでも、きっと物凄い衝撃を受けるに違いない。まったくどうして俺ばかり、こんな汚い役目ばかり負わされるのやら)
陰鬱な表情で、レムジンは、もし自分が一度でも任務に失敗したら、震陽大公は顔色ひとつ変えず、自分にも蟲を植えつけ羽化させてしまうのではないかと、恐ろしくなった。
(俺は絶対失敗できない。俺が任務を遂行すれば、お祖父様は俺を引き立ててくれるが、役立たずとなった途端、切り捨てるに違いない)
レムジンは、震陽大公の命令を完璧に遂行させようと、部下に命じて、密林にいる間中、毎日、役に立つ毒蟲をせっせと集めさせた。
数日後、密林を抜けたリーユエンは、東嶺の山を見上げた。玄武の国の最北にある北嶺や、大牙の国の森林地帯を抜けた果てにある西嶺は、峻厳な峰々が連なる大山脈だが、東嶺の山は、なだらかな稜線が幾重にも重なり連なる山地であった。その稜線伝いに彼らは、東嶺の向こうにある深い圏谷を目指した。
山道を行く彼らは、何度も毒蟲の襲来にあった。密林にいるはずの、毒さそりや毒蛾、それに吸血性の甲虫が何百匹と群れをなし襲ってきたのだ。レムジンが、工作部隊の戦力を維持するため、ひたすら蟲だけの襲撃を執拗に続けたためであった。
襲来は、一日おきに続き、威力は弱くとも、数の多さに、ふたりとも手を焼いた。ダルディンとヨークは、蟲の襲来があるやすぐさま応戦体制に入り、殲滅した。二人で役割を分担し、ヨークを囮役にして、蟲を彼に集中させ、法力で一気に殲滅させることを何度か繰り返した。この頃には、リーユエンの衰弱は明らかで、魔導術を使わせまいと、ダルディンは孤軍奮闘した。
今日も、稜線の向こうに日が沈み、闇が降りてくるや、ブーンと低い羽音が響き渡った。松明をともしたヨークは、そこら中を走り回り、吸血性のカメムシを惹きつけた。ダルディンが待ち伏せる場所まで全力疾走したヨークは、「ふせろっ」という声を聞くや、身を地面に投げ出すようにして伏せた。そこへ、ダルディンが掌拳打突で法力を発射した。黒い霧のようにヨークの上に群がるカメムシはすべて焼滅した。
真っ黒に焼けこげたカメムシが落ちる中、ヨークは地面から飛び起きるや身体中から吸血するカメムシを叩き落とし、足で踏みつけて殺した。
「ヨーク、大丈夫か?」と、声をかけるダルディンへ、ヨークはうなずき、
「大丈夫です。ちょっと刺されましたが、大したことありません」と言い「リーユエンと王女は無事ですか」と、聞き返した。
ダルディンは、「隠形術で見えなくしたから、襲われてはいないはずだ。戻ろう」と言いながら、一歩踏み出しかけたが、そこでよろめいた。
「大公殿下」と、驚くヨークへ、「大丈夫だ。ちょっと、目が眩んだだけだ」と、小さな声で言った。




