5 襲撃(4)
「オマの側へ行って」と、リーユエンに言われ、ヨークは手綱を操り、騎獣をダルディンの前へ進めた。すると、リーユエンがオマへ、
「心配してくれて、ありがとう。でも、私たち、ここからは別行動を取る。もっと東の果てまで行くから」と、話しかけた。
オマは、騎獣の上のリーユエンを見上げ、
「あんた、そんな顔色で騎獣に乗りっぱなしで移動なんかしたら、倒れてしまうよ。止めときなっ」と、叫んだ。
けれど、リーユエンは、
「ここでお別れだ。後は、カリウラの指示に従ってくれ」と、言い、ヨークへ
「出発してくれ」と指示した。
ヨークは、騎獣の横腹を軽く蹴り走らせた。ダルディンもその後へ続いた。
オマは、騎獣と並走しながら、
「それなら、これ、食べ物を包んだから、持っておいき」と、腕に抱えた包みをダルディンへ投げつけた。
投げつけられたダルディンは、その包みを反射的に受け止め、オマを振り返り、
「ありがとう」と叫んだ。
オマは、彼らを見送りながら
「老師が、まさか女で、駆け落ちするほど情熱的だったなんて、本当に分からないもんだねえ」と、つぶやいた。結局、オマは駆け落ちだと思い込み、その誤解は解けないままだった。
三人は、北東へ進路を変え、隊商が目指すウマシンタ川のさらに上流を目指した。数日の間、襲撃もなく、平穏のうちに旅をした。そして、ウマシンタ川の上流へ出た。険しい崖を降りていき、蛇紋岩が露出した岩だらけの川床を、急流に足を取られないように、騎獣を慎重に進め、ようやく渡河することができた。対岸に着くと、もう日暮れが迫り、あたりは薄暗くなっていた。
「今夜は、この川岸で野営しよう」と、ダルディンは決め、すこし小高い場所へ小型の天幕を設営し、枯れ枝を集めて、焚き火を燃やした。
ヨークも、リーユエンを騎獣から降ろすと、枯れ枝を集め、適当な立木を見つけて、ハンモックを吊るした。ダルディンは、焚き火が燃えてくると、リーユエンの側へいき、「焚き火に当たりなさい」と、声をかけた。リーユエンは、うなずくとフードを目深に被ったまま、焚き火の近くに座った。
「ゴホッ、ゴホッ」
座りかけたリーユエンは、また咳き込んだ。ダルディンとヨークは、視線を交わしあった。この数日、リーユエンは咳き込んだり、胸が苦しそうにすることが、たびたびあった。
(いくら魔導術を使ったからといって、普段ならこれほど消耗したりしない。法力も送り込んだのに、回復しないなんて・・・)
ダルディンは、リーユエンの様子を見ながら、眉をしかめて考えこんだ。金杖王国で、数回、彼女へ法力を流し込んだが、そのたびに傷は綺麗に治り、回復した。なのに、今回は回復するどころか、内傷を負っている。魔導の術を立て続けに使ったからといって、ヨーダムの愛弟子であるリーユエンが、内傷するほど消耗するなどありえないことだった。
(まさか、毒が体内に残っているのか・・・それに、あの咳と胸を痛がる様子、昔、私の父が亡くなる直前に見せた様子と似ている)
三百年余前、彼の父は病に倒れた。法力も効かず、医師も原因を突き止めることができず、治療法も分からなかった。数ヶ月にわたり咳と胸痛が続き、やがて内傷が起こり、体内がボロボロになり、血を吐いて死んでしまった。リーユエンの様子を見ると、その時の、父の最後の様子と重なり、嫌な予感がしてならなかった。
(リーユエンの咳や胸痛がもし毒によるものなら、父上も毒殺されたということなのか?)
ダルディンは瞑目し、首をふった。今はそんなことを悩んでいる場合ではなかった。リーユエンを回復させる方法を考えなければならなかった。
突然、リーユエンは立ち上がり、川の方へ降りていった。ダルディンは
「どうした?」と、声をかけた。けれどリーユエンは何も言わないまま、川岸を見回し、何かを探し始めた。緑色と灰色の鱗模様のはいった蛇紋岩の石塊を拾い上げたりしながら、川岸をあちこち探し回り、しばらくするとしゃがみ込んで人の頭くらいの大きさの黒い塊を持ち上げ、それをしげしげと見つめ、
「やっぱり亀だ。みつけた」と言い、ちょっと驚いた様子で、「あれ?この仔、甲羅が欠けている」と、言った。
ダルディンも立ち上がり、リーユエンへ近づき
「亀だって?」と、彼女が両手で持ち上げた塊を、上からのぞき込んだ。もうあたりはかなり薄暗くなってきていたが、確かに、それは亀の甲羅のようだった。
「うん、亀だな。それより、早く戻って焚き火へ当たりなさい。体が冷えてしまったら、また咳が出るだろう」と、リーユエンをうながした。彼女は、亀を両手で持ったまま、素直に焚き火のところへ戻った。




