5 襲撃(3)
リーユエンはダルディンを見上げ、
「あなたはまだ五百歳の玄武で、法力の量など知れています。千歳を越えない玄武は、凡人でいえば、転身できない子どもも同然です。あなたは、法力を使いすぎてはいけません」と、言った。それから、彼の後ろからのぞき込むカリウラへ、
「大公殿下と私は、今からすぐ隊商を離れる。私たちが離れたら、狐狸国の国旗を立てて隊商を進めてくれ。私たちが離脱したことを確認したら、相手方も、狐狸国の旗をたてる隊商を襲うことはなくなるはずだ」と、言った。
カリウラは不安そうな顔で、「旗を立てたぐらいで、襲わなくなるのか?」と言った。リーユエンは、
「蟲術を使って襲撃をかけているようだから、おそらく震家の者だろうと思う。狐狸国を怒らせたら、玄武国へも物資が入ってこなくなる。そんな危険を犯したりはしないだろう」と説明した。ダルディンは、
「あれは偶然じゃなくて蟲術だったのか」と驚いた。
リーユエンは、乾陽大公を冷めた目で見ながら
「偶然なわけありませんよ。どうしてこんな荒野に、北嶺山中にしかいない毒蛾が飛び回ったりします?蟲術ですよ。最初の大虻も蟲術です」と、言った。それから、
「ヨーク、いるんでしょう?出て来て」と声をかけた。
天幕の影からヨークが現れると、
「ヨーク、私を騎獣に乗せて、隊商から離れてちょうだい」と、命じた。
ヨークは乾陽大公の方をチラッと見たが、リーユエンは、
「乾陽大公は私の後についてきてもらうわ。相乗りして、また法力を無駄使いされては困るから」と言った。
ダルディンは、リーユエンの身を守り、玄武国へ連れ帰ることこそが、おのれの使命と心得るのに、彼女の方は自分を頼るどころか、ヨークへ頼ろうとしている。そのことは大層衝撃的で、悲しくなった。狐狸国では、あれほど情に潤んだ目で自分を見つめてくれたのに、今は見知らぬ他人のように冷淡な態度を見せられ、ダルディンの心の中は波浪が荒れ狂った。それで思わず
「どうして自分の体をもっと労わらないのだっ。無茶ばかりしていたら、しまいに動けなくなるぞ」と、怒鳴っていた。
リーユエンは、ビクッと彼を見上げたが、その目は篝火の明かりを受けて、濡れているように見えた。ダルディンは、自分が言いすぎてしまったと後悔した。
リーユエンは、自分まで感情的になってはいけないと思い、努めて冷静な口調で、
「大公殿下、あなたは、乾家の当主なのですから、そのように感情的にならずに、冷静に行動してください。あなたの法力が尽きたら、今攻撃してくる連中にどうやって対抗するのです?私一人でいつまでも魔法陣を操って、攻撃を防ぐことはできません。それに、あの攻撃は、本気のものではありません。あなたや私を、捕えるか、最悪殺そうとして襲いかかってきた時に、あなたの法力が尽きていたらどうやって戦うおつもりですか?」と、それだけ言うと、また咳き込んだ。そして、咳がおさまると
「震陽大公は、謀に長けた老玄武です。彼に狙われたら、逃れることは容易ではありません。どうか、慎重に行動なさってください。あなたの身に何かあったら、閉関中の猊下は、身動きがとれなくなってしまいます」と、懇々と諭した。
ダルディンの体から激情が去った。リーユエンの言う通りだった。震陽大公が相手ならば、慎重に行動しなければならない。法力が枯渇するようなことがあれば、それこそ身の破滅を招くだろう。
「分かった。私が悪かった」と、いいダルディンはリーユエンに触れることなく立ち上がった。
リーユエンと相乗りしたヨークが、騎獣を走らせようとしたところへ、オマが駆けつけた。
「リーユエン、あんた、そんな顔色でどこへ行くつもりだい?」と、巨体のオマは騎獣の前に立ち塞がった。二人の背後から騎獣に乗ったダルディンが前へ進みでて、オマへ、
「我々は、急用ができて、隊商を離れる。世話になった」と、簡潔に分かれを告げた。
けれど、オマは疑わしそうな目で彼を睨みつけ、
「あんた、まさか、この女を攫って駆け落ちするつもりかい?」と、言った。
ダルディンは思いがけない言葉に思わず、
「はあ?駆け落ちだとっ」と、叫んだ。
オマは、フンッと鼻を鳴らし、
「あたしはね、これでも結婚したことだってちゃんとあるんだよ。男女の仲なんて、見ればすぐわかるんだよ。あんた、その女の旦那の目を盗んで、連れ去るつもりなんだろう?」
ダルディンは、動揺し「違う、違う、伯父上の妻に手を出したりするものか・・・」と、言いながらも、実際には関係をもってしまったので、その言葉には力強さが足りなかった。
オマは、またふんっと鼻を鳴らした。
「誤魔化したって無駄だよ。私の目は節穴じゃないんだ。あんたらが、どういう関係かなんて、私にはどうでもいいことだけれど、リーユエンは誰が見たって、今は体調が悪すぎるよ。隊商を離れて、これ以上具合が悪くなったらどうするつもりだい?」と、オマは、リーユエンの真っ青な顔色を見て気遣った。




