5 襲撃(1)
この日、レムジンが率いるのは震家の工作部隊だった。彼らは、玄武国政府の高官を罠に嵌めて失脚させたこともあれば、要人を暗殺したこともあった。魔導士学院にも、何人か間者を潜入せているし、狐狸国や金杖王国など主だった中央大平原の諸国家へも間者を潜入させていた。彼らは、震家の裏工作を一手に引き受ける部隊なのだ。ただし、今日は家付きの魔導士はひとりも連れて来なかった。それぞれの家ごとに魔導士の使う術式には特徴があり、家付きの魔導士を使うと震家の犯行だと知られてしまう。それを恐れてあえて連れてこなかったのだ。
レムジンは、振り返ると副官のひとりに
「大虻は、何匹用意できた?」と、尋ねた。
「一万匹用意しております」と、副官は大虻を閉じ込めた背嚢を下ろしながら答えた。
「よし、鏃へ肉片をつけて、それを三十本、隊商全体へ散らばるように射かけろ。それが命中したら、次は大虻を放て」と指示した。そして、もうひとりの副官へ
「隊商があと百丈進んだら、谷の一番狭い場所へ入る。そこで、上から岩を落とせ」と、指示した。
レムジンが用意させたのは、肉食性の大虻だった。毒性が強く、強力な顎に噛みつかれると、腫れ上がり、高熱が出て何日も寝込んでしまう。蒼馬族は、特に、この蟲を嫌っていて、羽音を聞いただけで恐慌状態になる。
幼い頃から法力の強さが同世代の者の中で抜きん出たレムジンへ、祖父である震陽大公は、ただ法力を強める修行をさせるだけでなく、彼自身も得意とする蟲術を教え込んだ。そのお陰で、レムジンは、毒性の強い蟲を自在に使いこなせるようになった。蟲術は、法力で蟲を操るだけでなく、蟲の習性を利用して操る方法があり、その秘訣を祖父から直々に教わったのだ。
(法力を使ってしまうと震家の者だと知られてしまうからな。今日は、肉片を餌に大虻を操ろう)
レムジンは、右手を挙げて、肉片付きの矢を射るよう合図を送った。
隊商の上空で、「ヒューッ」と空気を切り裂く音がいくつも聞こえた。カリウラはすぐさま大刀を背中から抜き放ち、「矢が飛んでくるぞっ、気をつけろっ」と、怒鳴った。けれど飛んできた矢は、荷車の幌や、車体部分に当たっても、突き刺さることなく地面に落ちた。
カリウラは、騎獣に乗ったまま近寄り、荷車の上に落ちた矢を拾い上げた。鏃に腐臭を放つ、小さな肉片がついていた。
「何だ、これは、どうして腐った肉片がひっかかっているんだ?」
カリウラは、矢を手にして、首を傾げた。
すると、今度は、低く唸るような音が聞こえ、荷車を引いていた蒼馬たちが、
「大虻だ。助けてっ」と、大騒ぎして暴れだした。手綱がついたまま転身を解こうとして、転倒する者まで現れ、荷車が横転し、中の穀物入りの袋が地面に転がり落ちた。
隊商の異変に気づいたリーユエンは、最後尾から騎獣を駆って一気にカリウラのそばまで来た。
「カリウラ、どうしたっ?」
「大変だっ、大虻が飛び回ってる。大軍だ」と、カリウラが上を見ながら叫んだ。
リーユエンも上空を見上げ、(まずいっ、大虻だ。蒼馬が怖がるぞ)と、思い、すぐさま、離と震の陣を発現させ、
「火精よ、噬嗑せよ。大虻をすべて喰らいつくし滅せよ」と、命じた。大虻よりひとまわり大きな、赤い焔の火精が次々と現れ、大虻を包み込み焼き尽くした。
崖の上からその様を見届けながら、レムジンは、
「あいつ、一瞬で大虻を焼き尽くしちまった。一万匹の大虻を育てあげ、訓練するのに、どれだけの手間と金がかかったことか・・・それを、こんな一瞬で、ク〜ウゥゥゥッ」と、歯軋りした。そして、(扱いの難しい八卦陣を、それもあの大きさをたった一人で、二陣同時に発現させて操るとは・・・恐ろしい使い手だ。一回や二回の攻撃で捕まえるの無理だな。もうこうなったら、しつこく攻撃を続け、力を使わせ消耗しきったところを生捕りにするしかないだろう)などと、思いながら、次の仕掛けへ移動した。
大虻を焼き尽くした後、カリウラはハオズィ、ミンズィやヨークと手分けして、怯えて逃げ出した蒼馬を連れ戻し、転身させて荷車に繋ぎ直した。そして、蒼馬以外の荷運び人を指揮して横転した荷車を元へもどし、荷物を積み直させると、再び進み始めた。
レムジンは、崖の上から隊商を追跡し、谷間の隘路へ全体が入り込んだのを確認すると、合図を送った。簡易な柵止めの中に溶岩石を積み上げ、麻縄で落下を止めてあるのを、頭領レムジンの合図で、武官が一気に縄を切り落とした。大小様々な黒い岩石が隘路へ一気に落下した。
リーユエンは、隘路に入る直前に、念のため地天泰の陣を隊商全体にかけていた。その陣は落下した岩石に反応して発現し、岩石を跳ね飛ばした。けれど、地天泰の陣は、中規模なものでも展開するには、通常最低でも三人の魔導士の力が必要だった。それをたった一人で展開して、数十丈の崖の上から降り注ぐ岩石を跳ね返したため、リーユエンの力の消耗は激しかった。体がふらつき、手綱をつかみ続けることもできなくなり、騎獣の背から下へ落ちてしまった。




