4 玄武枢密院(4)
ルーターが、突然壊れて復旧中でした。直ったようなので、またUPしていきます。
「何を聞き質すのですか」と、尋ねるレムジンへ、
「明妃位返上文書、あの内容は真実とはほど遠いものだ。わしが放った遠見虫からの情報と、内容がまったく食い違っている」と、震陽大公は答えた。そして、
「あの文書を公表してしまったのは、下策も下策、最低の策だ。ドルーアの馬鹿には、まったく大局観がなさすぎる」と、こぼした。レムジンは、恐る恐る
「それは一体どういうことでしょうか。ご教示ください」と、下手に願い出た。実はレムジン自身も、あの文書なら公表するのが当然だと思っていたので、祖父がどういう読みをして下策だと断じたのかが、是非知りたいところだった。
震陽大公はため息をつき、
「おまえですら、下策だと分からないのか。情けない」と、こぼし、
「あの文書は、恐らく、あの奴婢が勝手に真相を捻じ曲げて作成したに違いない。その目的は、ヨーダムを守ることだ」と、断じた。
レムジンは思いがけない大物の名が出てきたことに驚いた。
「どうして、奴婢が太師を守るのですか?」
「神聖大鳳凰教における新教皇就任式で、魔獣つきが魔獣化し、死傷者が何人も出た。危うく就任披露どころではなくなるところだった。それを、明妃が、魔獣つきの尼魔導士を一太刀で仕留め、事なきを得たのだ。太師はその場にいながら、ほとんど何の対策も取らなかったそうだ。それが真相だ。そして、太師が身動きとれなくなった原因は、おそらく、その魔獣付きの尼魔導士と、以前特別な関係にあったためだ。それならば、太師が帰国次第糾弾し、糺の陣へ入れてしまえば、たとえ魔導士界最高峰の太師といえども、己の非を認めざるをえないはずだった。何しろ魔導士五箇条の誓いには、私情に負けることなかれと、あるのだからな」と、大公は説明した。
レムジンは、思いがけない視点からの指摘になるほどと思い、うなずいた。
「確かに、おっしゃる通りです。ヨーダムを失墜させる絶好の機会というわけだ」
震陽大公は、茶請けの干し杏りんごをかじりながら、
「あの奴婢は、利口だ。師匠の太師が危ういといち早く察知し、先手を打って、自分ですべての責めを被ったのだ。というのも、リーユエンは、ヨーダムの秘蔵っ子だといわれるほどの、優秀な魔導士だそうだが、明妃ゆえ、ドルチェンから魔導士登録を禁じられてしまった。陣へ閉じ込め審問できるのは、登録した魔導士だけだからな、あの奴婢を糺の陣へ立たせることはできない。従って、あ奴が責めを負えば、誰も真相に辿り着けないというわけだ。だから、あの文書を公表し、あの内容を事実としてしまうことは下策なのだ。だが、わしへ服従させてしまえば、リーユエン自身の口からあの事件の真相を聞き出すことができよう。そうすれば、太師を糺の陣へ送り込める。太師は、魔導士としての力は強大だが、人が良すぎるゆえ、私情に負けたことを潔く認めてしまうだろう。そうすれば、太師から魔力を取り上げ、ドルチェンを支える一翼をもぎ取ることとなろう」と言った。
レムジンは、祖父の読みは実に奥深く、鋭いと感心し、
「お祖父様のおっしゃる通りです。その計略が成就するよう、必ず奴婢を捕らえて震家へ連れて戻ります」と、宣言した。
震陽大公は、俄然やる気を出したレムジンを見ながら、
「乾陽大公はどこまで痛めつけても構わないが、必ず生捕りにしろ。あれは人質として、ドルチェンと巽陰大公を従わせるための駒とするのだ」と、命じた。そして、心の中では、(あの茶会で、ドルチェンと並んで腰掛けておった、紫蝶のようなあの奴婢を早く手に入れて愛でてみたいものだ。玄武の女は、あのように嫋々とした女らしいのはおらぬからなあ)と、あの日に見た明妃の姿を思い返していた。それから、ふと我に帰り、レムジンへ、
「ドルーアの解毒薬が本物かどうかを、必ず確認しろ。あの女は性根が悪い。リーユエンを害そうとして、偽薬を寄越すかもしれない。あの女には、もし偽薬を寄越せば、おまえを明妃に仕立てて、内傷を起こして息絶えるまで瑜伽業を務めさせるぞと脅しつけ、必ず本物の解毒薬を手に入れ、リーユエンに服用させろ」と、命じた。
襲撃のあった翌日、隊商は蒼馬国を出て、次のマリード国、コーサラ国、バイジャン大公国と順調に旅を続けた。十日後、中央大平原のすべての国を通過し、彼らは東荒との境となる無人の荒野へ入った。
軽石と、風化してひび割れた黒い溶岩石が転がる大地を、荷馬車は岩を避けながらのろのろと進んだ。リーユエンの顔から腫れは引いたが、まだ化膿止めの塗り薬をぬって、包帯を巻いていた。その姿を、彼らが通る谷間の上から、レムジンの率いる工作部隊が監視していた。
「あの黒いフードつきの外套を来ているのが、リーユエンか・・・さて、どうやって生捕ろうか」
遠眼鏡で様子を見ながら、レムジンは段取りを考えていた。




