4 玄武枢密院(3)
枢密院での会議が終わると、震陽大公は、プドラン宮殿に近い、震家の屋敷がある山腹の洞穴に戻ってきた。そして、書斎から人払いし、孫のひとりであるレムジンを呼びつけた。レムジンは、祖父と同じ糸尻眼の無表情な顔で現れた。
「お呼びでしょうか?」
「うむ、頼みたいことがある」と、言いながら、震陽大公はお茶を淹れて、孫の方へ茶碗を押しやりながら、
「今日、枢密会議を開いた。明妃を保護することに決まったから、おまえは工作部隊を率い、あの奴婢を捕らえて震家へ連れてくるのだ。決して他の者に先を越されるな。それからー」と、言いながら、机の隠し引出しへ開錠呪文を唱え、中から黒い小箱を取り出した。
「それは、何ですか?」
禍々しい雰囲気を感じて、レムジンは箱をじっと見ながら尋ねた。震陽大公は細い目をさらに細め
「ほう、おまえには、この禍々しさがわかるのだな。さすがだ」と、感心してみせた。
レムジンは、父親が庶子であるため、震家の中での序列は高くない。けれど法力は、孫世代の中では抜きん出て高く、震陽大公からは幼い頃から目をかけられてきた。そして、震陽大公が命じた様々な裏工作で功績をあげ、今や震家工作部隊の頭領にまで出世した。法力に優れた彼には、箱の中身が透視できた。指輪のようなものが見えるのだが、そこから黒い瘴気が立ち昇っていた。
「暗器ですか?」と、尋ねる彼へ、大公は、箱を開けて中身を見せた。
「おまえは、白玄武を知っておるか?」
震陽大公の質問にレムジンはうなずき、
「西荒の北嶺山の麓にいた玄武の一族ですね。しかし、二千年近く前に滅んだはずだ」と答えた。
震陽大公はうなずき、
「そうだ。その白玄武だ。これは、白玄武が、大牙の者を支配下に治めていた頃、銀牙の者を服従させるために使用した刻印と同じ製法でつくった、震家の刻印だ」と説明した。
レムジンは顔色を変え、
「法器で刻印をいれるのは、今は禁術でしょう。そんなものは、所有しているだけで処罰の対象です」と、言った。けれど、震陽大公は、
「ふんっ、禁術にするとは、愚かなことだ。そんな事を言いたてる奴は無視しておけばよい」と、いい、その刻印を取り上げると、レムジンの手を持ち上げ、その中指に嵌めてみせた。そして、レムジンの顔を正面から見据え、
「リーユエンを捕らえたら、直ちにこの刻印を、ドルチェンの焼き付けた刻印の上から焼き付けるのだ。そうすれば、わしの法力の射程距離に入り次第、法力を送り込み、わしに服従させることができる。ただし、これを作動させるには、ひとつ条件があるのだ」
レムジンは、内心では、また規矩に反する工作をやらなきゃならないのかと、うんざりしながらも、大公をまっすぐ見つめ、従順な態度のまま
「条件とは、どのようなもので?」と、尋ねた。
「相手が、刻印を受け入れると同意せねば焼き付けることはできない。同意があって初めて、この刻印を肌へ押し当てるだけで焼き付けることができるのだ」と、大公は説明した。レムジンは、思わず眉をしかめ
「しかし、あの奴婢は、法座主が主ですよ。刻印など受け入れるはずがない」と、反論した。すると震陽大公は、
「乾陽大公の身の安全を保障することを条件に、受け入れさせるのだ」と付け加えた。レムジンは、首を傾げた。
「乾陽大公を、ですか?そんな条件で、刻印を受け入れますか?」
震陽大公は、お茶をゆっくり喫すと、口元をにんまりさせ
「あの奴婢は、乾陽大公の身を守ろうとしている。ドルーアの襲撃を受けたときも、乾陽大公を庇って負傷したそうだ。存外、本当にあの二人は、もう関係があるのかもしれないな。だから、乾陽大公の身の安全と引き換えに刻印を受け入れさせろ」と、言った。
レムジンは、細い目を見開き、青磁色の虹彩をのぞかせ、
「あの奴婢は、凄腕の魔導士で、武術も並の玄武では敵わないほどです。生捕りにするにしても、かなり痛めつける必要があります」と、震陽大公の反応をうかがった
「痛めつけるのは、構わない。何なら、逃げられないように足を折ってしまえばよい。ただ、法力で治せる程度にしておいてくれ」と言い、大公は顔を宙へ向けると、
「ドルチェンが、あの奴婢を明妃にすると言い出したときは、頭がおかしくなったのかと思ったが、茶会の折に見かけた姿は別人のように麗しくなっておった。ドルチェンは、なかなか奴婢の見立てがよい。わしも、あのような奴婢を手元に置いておきたいのだ」と、うっとりとささやいた。
レムジンは肩をすくめ、
「かしこまりました。お祖父様のご意向に沿うよう努力いたします」と、答えた。けれど、レムジンにはもうひとつ気にかかることがあり、
「明妃位に復位させることは可能なのですか?離陰大公は、大層お怒りだとお聞きしておりますが・・・」と、尋ねた。せっかく連れ帰っても、明妃へ復位できなければ、ただ震家の奴婢が増えるだけで、工作部隊を率いる自分の功績とはならないので、それが気になったのだ。すると、震陽大公は、
「わしに服従させた後、南荒での不始末とやらについて、もう一度聞き質せばよいのだ」と、答えた。




